第7話

 木々の間を走っていくアリア。繋がれた馬車もアリアの動きに合わせて木々の間を進んでいく。まるで木が避けていくようにも見える中、後方が騒がしくなる。


「くそっ、もう来たのかよ!」


 後ろを振り返ると、森の入り口に一つ目で巨大な人型をした魔物のサイクロプスがいた。生えている木を片手で引き抜くと、こちらに向かって投げつける。幸いにも、手前の木にぶつかって直撃は免れたのだが、ぶつかった衝撃により木が破裂。無数の破片となってこちらに飛んでくる。木片の奥でサイクロプスはもう1本木を引き抜き、投げつけてきた。2本目の木はどの木にもぶつからず、回転しながらこちらに向かって飛んでくる。


「アリア、できる限りまっすぐ走って!木が飛んでくる!」


「ヒヒン!(わかったわ!)」


 俺の発した警告に、アリアは間髪入れずに応えてくれる。走る道を選ぶのをアリアに任せ、俺は再び荷台のほうに体を入れる。

 先ほどの魔力のベールとは違う、盾を模した紋章に手を触れる。紋章が示す通り、この紋章に魔力を流し込むと、馬車に仕込まれた魔道具から任意の方向に魔力の盾を生成する。魔力の盾は流した分だけ、魔力の盾を出現させる。強度は一定で、魔力を流した量に合わせた時間、魔力の盾を出現させ続けることができる。本来は、投擲武器や魔法を目視した時点で魔力の盾を出現させ、流れ弾や破片も含めて馬車への被害を最小限に抑える使い方が推奨されている。

 しかし、魔力のベールを限界まで使った直後のため、俺の魔力が心許ない。推奨されている使い方はできず、数瞬の間だけ出現させるのがせいぜいだろう。そのため、タイミングを測って木の直撃を防ぐしかない。俺は、紋章に手を当てたまま、木と馬車の距離を押し測る。


「今だ!」


 そして、木が馬車に直撃する直前、手を当てていた紋章に魔力を流し、魔力の盾を出現させる。魔力の盾は狙い通りのタイミングで出現し、飛来した木と激突。木は粉砕すると同時に魔力の盾が消える。俺は続けざま、手のひら大の球を地面に叩きつける。球は地面に激突した衝撃で白煙を噴出させる。森の中をどう走ろうとも、すでに魔王軍に見つかっている状態では砦までたどり着けるとは思えない。まずは身を隠すのが先決だ。


「ヒヒン(速度を落として行くわよ)」


「ああ、なるべく音を立てないように頼む」


 白煙を噴出させる球を使ったことに気づいたアリアが走る速度を落とし、徐々に森の奥へ入っていく方向に進んでいく。サイクロプスが木を投げつけてきているが、白煙に身を隠して移動する俺たちとは見当違いの方向に飛んでいっている。後方でギャアギャアと騒いているのはゴブリン種か。もしかしたらウルフ系の魔物もいるかもしれない。しかし、白煙には臭い消し成分を含んでいるため、俺たちを臭いで追跡するのは難しいはずだ。

 移動音を立てないよう心がけつつ、森の中を進んでいく。しばらく進み、魔王軍が発する声や音が聞こえなくなったころ、アリアにいったん止まってもらう。


「ありがとう、アリア。怪我や痛いところはないか?」


 馬車の御者台から降り、アリアの様子を見る。アリアはその場で数度、足踏みをする。


「ヒヒン。ブルブル(うん、大丈夫よ。でも、ちょっと喉乾いたわね)」


「よかった。ちょっと待ってて。水、用意するよ」


 荷台に乗り込み、水樽から桶に水を入れてアリアの元に戻る。アリアに水を飲んでもらっている間、俺は馬車の周りをぐるりと回って被害状況を確認した。

 魔力の盾で防いだので、投げられた木による被害はなさそうだ。枝葉による擦り傷と、車輪に巻き上げられた下草が車軸に絡みついているくらい。魔王軍に見つかった被害としては少ないほうだと思う。


「よし、馬車のほうも走る分には問題ない」


 車軸に絡みついた下草をむしり取りながら、アリアに伝える。


「しっかし、こんなに早く見つかるとは思わなかった。ここから先で網を張ってるのは間違いないよな……」


「ヒヒヒン?(前の運搬も、その前の運搬も、襲撃されなかったことはなかったでしょ?)」


「いや、確かにそうなんだけどさ。前のときも、その前のときも、部隊で行動していたから対処できたと思ってる」


 1つの車軸に絡みついた下草をむしり終え、次の車軸に絡みついた下草にとりかかる。


「でも、今回はアリアと俺の2人しかいない。俺たちだけで無事に砦にいる勇者様やみんなに物資を届けられるのかなって思ってさ」


「ヒヒン!ヒヒーン(なに弱気になってるのよ!あたしたちがいた街を取り返したくて、街のみんなに会いたくて、身も心も削ってがんばってきたんじゃない。副司令官さんにお礼をいうんでしょ?お父さんとお母さん、家族みんなを弔うんでしょ?ギーツの目標まで、あと少し。ここで踏ん張らないでどうするの。あたしが一緒にいる。あたしたちなら、砦に物資を届けられる。あたしとギーツなら、できる)」


 アリアの言葉が深く心に刺さる。3年前、砦から逃してくれた副司令官にお礼を言いたい。父さん、母さん、兄弟たちが安らかに眠れるよう弔いたい。それを目標に、身も心も削って訓練を積んできた。そうだ、俺の目標まであと少し。それに、俺は1人じゃない。アリアっていう信頼できる相棒と一緒にいるじゃないか。弱気になって諦めるには早すぎる。


「……そう、だな。うん、そうだ。あと少しで街に行けるんだ。弱気になってる場合じゃないよな。ありがとう、アリア。砦まで一緒に行こう」

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