第6話

 街道を外れたところで、次の道具の準備をする。足元の左右に置いてある一抱えほどある球体のうち、左側の球体に手を添える。


「アリア、デコイ出すぞ!」


「ヒヒン!(わかったわ!)」


 俺は左手から球体に魔力を流し込む。すると、球体の外側部分が開く。そして、腹に響く破裂音とともに球体の中から黒い物体が飛び出す。衝撃の反作用によって馬車に横向きの力がかかるが、アリアが走りながらうまく力を逃す。

 球体から飛び出た黒い物体は、2〜3馬身ほど進むと急激に膨らんで馬車と同じくらいのサイズになった。そして、まるで馬が走っているかのような音を立てつつ、草原を突き進んでいく。

 無事にデコイが膨らんだことを見届けると、アリアは速度を落としていく。俺は、後ろを振り返って荷台部分に頭をつっこむ。そして、荷台に貼り付けられた金属製の紋章に手を当て、魔力を流し込む。残っていた魔力のほとんどを流し込んだところで、馬車に仕込まれた魔道具が始動。アリアを含む馬車全体を、薄い魔力のベールが包み込む。ベールの表面には、馬車の後ろの景色が投影される。敵をやり過ごすにはピッタリの魔道具なのだが、欠点は始動するのに大量の魔力を必要とすること、そして魔力のベール表面への投影に時間がかかること。特に魔力のベールへの投影には時間がかかることが致命的で、動くとすぐにバレてしまうのだ。

 そのため、デコイに魔王軍を惹きつけてもらい、魔王軍が通り過ぎてからこっそりと進んでいく方法を取ることにした。


「ヒヒン(止まるわよ)」


「ああ、いいぞ」


 魔力のベールは、内側から見通すことができるようになっている。まだ魔王軍は見えていない。

 アリアが足を止めて数秒後、前方から街道を駆けてくる魔王軍が見えてきた。魔王軍の何人かが草原を突き進んでいくデコイを発見したようだ。多少速度を落としたのち、デコイのほうに向かって街道を外れていった。


「……よし、行こう。ゆっくり頼む」


「……ヒヒン(……ええ)」


 デコイの方に向かっていった魔王軍の最後尾が指先ほど小さくなったとき、俺はアリアに移動開始と伝える。アリアは小さく答え、常足なみあしかそれ以下の速度で歩き出す。魔力のベールは起動しているが、表面の景色を書き換えるたびにじわじわと魔力が削られていく。

 魔王軍が布陣していたと思われる場所に差し掛かったとき、ものすごい倦怠感が俺の身に襲いかかる。


「ぐっ……アリア、ごめん。魔力が尽きる」


「ヒヒン(もう少しで森が途切れるわ)」


「わかった。がんばる……」


 アリアの言葉に、俺は魔力を搾り出す。先ほど限界と思っていたところを通りすぎ、森の切れ目が見えてきた。しかし、必死で絞り出してきた魔力ももう限界だった。


「ごめん、アリア……ベールが、解けるっ」


 森の切れ目まで持たせられればと思ったが、もう魔力がない。俺の努力むなしく、森の切れ目に辿り着く前に魔力のベールが解けてしまった。

 アリアは魔力のベールが解けると同時に速足を始めた。森の切れ目に辿り着き、木の影に隠れようとしたところで、草原のほうから甲高い金切り音が聞こえる。


「ヒヒン!?(見つかった!?)」


「ちっ!アリア、走れ!」


 先ほど甲高い金切り音を上げたのは魔王軍に属する魔物で、ドローンアイと呼んでいる空飛ぶ目玉だ。空を飛びながら索敵行為を行っている。視界は前方のみだが、視認距離が長く、今回のように人類軍をが視界に入ると金切り音を立てて他の魔王軍に知らせるのだ。

 俺たちはドローンアイの甲高い金切り音から逃れるように、森が途切れた場所から森の中へと入っていく。ドローンアイは視認距離は長いものの、色彩への視力が低いらしい。そのため、森の中などを進んでいるときの発見率は下がると言われている。


「ヒヒーン(ギーツ、落ちないでね)」


 アリアは木々の間を飛ぶように走っていく。地面から顔を覗かせている根を飛び越え、垂れた枝を頭につけた兜で払い、先へ先へと進んでいく。しかし、馬車を引いているため、木と木の間が広い箇所を選んでいくしかなく、魔王軍がこちらに向かってくるほうが明らかに速い。

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