第5話

 ジリジリと右側へ寄り始めていた左側の兵士たちは、こちらに向かって草原を駆けてくる魔王軍の姿に立ち位置を調整する。


 右側からは、金属音とともに怒号と悲鳴が響いている。まだ隊列を維持しているが、最初の布陣と比べて明らかに押し込まれている。


「馬車班に伝令!左側に魔王軍到達と同時に前方をこじ開ける。各々で砦を目指せ!護衛班に伝令!馬車班の離脱後、この場で魔王軍を食い止める。砦への物資運搬を邪魔させるな!」


 三度前方から現れた騎馬兵により、隊長からの指示が届く。左側に布陣する兵士たちから応答の声が上がる。

 頭に叩き込んだ地図を思い出し、砦まで進むための道筋を描く。街道は整備されているが、魔王軍に封鎖されている可能性が高い。だからといって、馬車で森の中を突っ切っていくことは難しい。となると、できる限り街道を進み、魔王軍が封鎖しているのが見えたら街道を離れる。封鎖している場所にもよるが、森の端に沿って走ることで魔王軍を撒けるかもしれない。俺は森の位置を確認しつつ、街道から離れる場合の道筋の案を考える。


「来るぞ!」


「馬車班、頼んだ!」


「物資ちゃんと届けろよ!!」


 左側にて構える護衛兵士たちから、口々の声をかけられる。俺は手綱を握り直す。


「任せろ!砦で待ってるぜ!!」


 俺の言葉に護衛兵士たちから返事が返ってくる。左側で構える護衛兵士たち。物量で優っている魔王軍相手に押し込まれてはいるものの、隊列を維持して食い止めてくれている右側の護衛兵士たち。それらをしっかりと目に焼き付ける。


 そして、左側の草原を駆けてきた魔王軍と、護衛兵士たちが激突した。その衝撃音を合図に、俺たち馬車班は各々の馬を走らせ始める。


「アリア、行くぞ!」


「ヒヒーン!(ええ、駆け抜けるわよ!)」


 護衛兵士たちの防御陣形を抜けるころ、俺はアリアに声をかけた。アリアは待ちかねたかのように高らかに鳴き声を上げ、さらに速度を上げる。

 前方にいた馬車を1台、また1台と追い抜いていく。改めて思うが、アリアは他の馬に比べて強い。ほとんど同じ重量を積んだ馬車を引いているにも関わらず、他の馬よりも走る速度が速い。スイスイと前を走る馬車を追い抜いていき、街道を走る中で先頭を走っていた。


「ヒヒン!?(このまま街道を進んでいいの!?)」


「ああ、街道を走るのが一番早い。魔王軍が街道を封鎖してたら、そこから街道を外れる!」


 アリアの問いかけに、先ほど考えた案を説明する。キャンプ地を出たところを狙って襲撃してきた魔王軍だ。街道を封鎖していないわけがない。だが、わずかな可能性に賭ける。


 しかし、賭けは負けだったようだ。視界の先で、魔王軍らしき姿が見えた。


「ヒヒヒン!(魔王軍の臭いよ!)


「よし、街道を外れる!アリア、頼む!」


「ヒヒーン!(わかったわ!)」


 アリアが優れた嗅覚で魔王軍と断定する。俺はアリアの声を聞くと、手綱から片手を離して御者席に備え付けの信号弾を上空に向けて発射する。信号弾が示すのは、前方に敵あり、だ。これを見て、後続の馬車が街道を離れてくれることを願うしかない。

 俺が信号弾を発射した直後、アリアは街道を外れた。草原が広がる左側ではなく、森が見える右側に。森の端に沿うようにアリアは疾走していく。信号弾を見た魔王軍はこちらの向かってくるだろう。見晴らしのよい草原では、すぐに見つかってしまう。そのため、木々に激突する危険ではあるが森に逃げ込んでやり過ごすこともできる右側を選んだ。

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