第4話

 一夜明け、キャンプを出発する朝。荷物をまとめたのち、囲いからアリアを連れてくる。


「ヒヒヒン(もうすぐ砦に着くわね。街はどうなっているかしら)」


「ガレキの山になってるかもな。俺たちが逃げ出してから3年経つし、何も残ってないことは覚悟しといたほうがいいだろう。……よし、んじゃ鎧つけるぞ」


 アリアに鎧をつけていく。最後の道程になるため、今までつけてこなかった脚を覆う鎧もつける。


「ヒヒーン!?(え、ちょっと、脚もつけるの!?)」


「うおっと……あ、ごめん。今日だけは脚の鎧もつけなきゃいけないんだ。説明してないのにつけられたらびっくりするよな。ほんと、ごめん」


 急に動いたアリアにびっくりして尻餅をつく。危うく脚が顔に当たるところだった。


「ヒヒン……(そ、そうだったの。ごめんなさい……)」


「いや、アリアは悪くないよ。ちゃんと説明しなかった俺が悪いんだ。ごめんな。脚、鎧つけるよ」


 尻餅をついたままアリアに謝る。するとアリアもしゅんとしたように頭を下げてしまった。申し訳ない気持ちで告げると、アリアは首を縦に振ってくれた。俺は感謝しつつ、脚を覆う鎧をつける。


「よし、これで大丈夫だ。砦まであと1日、よろしく頼む」


「ヒヒーン!(ええ、任せなさい!)」


 高らかに声をあげるアリアを頼もしく思う。

 砦から逃げて3年。家族を置いてきてしまった罪悪感に苛まれたときも、どんなに戦闘訓練をしても人並みから脱せず悔しんだときも、アリアはそばにいてくれた。自信たっぷりに励ましてくれた。

 馬たちの世話を通して他の兵士たちと仲良くなれた楽しいときも、御者として馬と馬車の扱いの良さを褒められた嬉しいときも、アリアに報告してきた。どの報告にも、我がことのようにアリアは喜んでくれた。

 そして、アリアの専属御者に選ばれたことを伝えると、一晩中大喜びしてくれた。俺も一緒に喜んだけど、アリアのほうが喜びは大きかったように思う。当然ながら、翌朝は騎士団長に怒られたのだが。


「さぁ、出発だ」


 手綱を握ると、アリアは俺の意思を汲んだかのようにゆっくりと歩き出す。上がり始めた朝日の中、俺たちは砦に向けて出発した。

 出発前、隊長は最後だかこそ油断しないよう口酸っぱく言っていた。しかし、今まで襲撃がなかったことで、隊全体に弛緩した空気が漂っていた。いくら悔やんでも仕方ないが、この弛緩した空気が被害を広げる一端になってしまったのだ。


「敵襲、敵襲ー!右方から魔王軍!!」


 前方から走ってきた騎馬兵が大声で叫ぶ。それを聞いた俺たち御者は、馬の速度を落とす。馬車が止まり切る前、護衛兵士たちは予備車から降りていき、左右と後方を警戒する。

 敵襲を伝えてくれた騎馬兵は、馬車の後方で方向を変えると、再び前方へ戻っていった。


「アリアは飛び出しちゃダメだぞ」


「ヒヒン!(ギーツこそ飛び出して行かないでね!)」


 アリアの言葉に苦笑してしまう。一般兵士のレベルしかない身で魔王軍に飛び込むなんて自殺行為もいいところだ。

 アリアと軽口を叩いていると、進行方向を見て右手側にある丘の上から魔王軍の魔物たちが顔を出した。そして、そのまま思い思いの声を上げながら俺たちに突っ込んできた。

 護衛兵士たちは訓練通りに隊列を組み、手にした盾を前に構え、初激を耐える体制をとった。

 魔物の鳴き声と、金属の盾に重たいものがぶつかった音があたり一面に鳴り響く。


「うわっ……!」


「ヒヒン!(ギーツ、しっかりして!)」


「……っ、わかってるよ!」


 御者席に座り直すと、魔王軍の初激を耐えた護衛兵士たち剣を抜き、魔王軍に攻撃し始めたのが目に入った。

 左側に構えた護衛兵士たちは、盾を構えたまま待機している。しかし、馬車を挟んで後ろ側から聞こえる魔術や近接戦闘の音、詠唱などを聞いていると、不安になってくする。じわじわと、左側で構える人たちが、右手側にジリジリと移動し始める。


「敵襲だー!左側にも敵!!」


 再び前方から駆け込んできた騎馬兵の声に、勢いよく左側を見る。今までどこにいたのか。草原を駆けてくる魔王軍が視界に入った。

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