7、強制拉致

「そろそろね……」


 夜が明けてしばらく経った頃、出勤の途中でわたしは腕時計を見た。


 もしラインハルトさんの言った情報が正しければ、今日わたしは王政府によって拉致される。

 意思も同意も関係なく、強引にだ。


 もちろん一般において許されることではない。

 けれど、相手は国家のトップ。


 グラウス・エッフェルト王子率いる近衛隊に、わたし如きが何かできるわけもなし。

 だから––––


「ッ!!」


 背後から接近する気配を感じたわたしは、すかさず昨日作った“宝具”を起動した。

 直後、ハンカチで口元を後ろから抑えられる。


 早朝なので、周りに人はいない。

 やっぱり怖い……! でも、わたしの身が目的なら乱暴はしないはず。


「抵抗するな、大人しくしていろ」


 低い男性の声。

 5秒も経たない内に、わたしの横へ馬車が横付けされた。


「乗れ」


「っ」


 言われた通り、わたしは暗い馬車へ入った。

 中はカーテンっぽい仕切りが掛かっていて、椅子以外何も見えない。


「こちらキロ01、クリエイターを確保。繰り返す、クリエイターを確保。これより王城へ向かう」


 やっぱり王城の手の者……。

 椅子に座ったわたしの拘束を、男は速やかに解いた。


「助かりましたよ、抵抗されれば少々手荒になるところでした。叫ばれでもしたら困りますからね」


 男は豪傑そうな、見た目40代くらいのいかつい肉体の持ち主。

 私服のため見分けはつかないけど、カマをかけるくらいならできる。


 わたしは昨日から準備していた質問を、頭に呼び起こした。


「あなた、近衛の人間ですか?」


「はて、何を根拠に?」


「さっきのコールサインです、“キロ”は大陸共通フォネティックコードのKにあたります。王国でこれを使っているのは近衛部隊だけですよ」


 男はしばらく黙った後、真面目な顔で返してきた。


「……やはり戦時徴兵されただけあって、軍事にお詳しいようで」


「聖女を舐めないで貰いたいですわ、これくらい常識です」


 なーんて、本当はフォネティックコードなんて昨日まで知りもしなかったわ。

 全部ラインハルトさんに教えてもらっただけ。


 さぁ、聞けるものは全部聞いとくわよ。


「わたしをこんな強引に拉致して、王城へ連れていくのですね? 良心は痛みませんの?」


「良心? もしかして倫理観の話をしているのかな? それとも法律かね?」


「両方よ、今時––––法治国家でこのような拉致行為なんてして、もし明るみに出れば王政府は失脚しますよ」


 脅しも込めた一言。

 けれども眼前の近衛隊員は、嘲笑の笑みを浮かべた。


「聖女さん、そりゃ無理な話だ……。なんたってアンタは」


 嘲笑はやがて、下卑たものへと変貌する。


「もう一生王族の“所有物”だからよ、物が訴えなんてできるわけないだろ?」


「技術試験局にわたしが出勤しなければ、同僚が必ず通報します」


「無駄無駄、既にこっちでカバーストーリー作って関係各所に話通してるからさ。アンタは隠してた借金を残して夜逃げ、警察は懸命に捜索すれど見つからず……晴れて聖女さんは、今年も1万人はいる行方不明者の仲間入りってわけだ」


 直に聞いてやっと真実味が湧いてくる……。

 ラインハルトさんが言ってたことは、全部本当だったんだわ。


「そう……、“わたし1人”じゃどうしようもないわけね」


「まぁ落ち込むな、お前の生活は王族が保証するさ。生活も今までよりずっと良くなる、むしろ俺たちに感謝すべきだろうな」


 どの口が言ってるの。

 無理矢理拉致しておいて、こんなの人権もクソも無いじゃない。


 この国は、一体いつからこんなに腐ってしまったんだろうか。


「さて、ご到着だ。降りろ」


 いつの間にか馬車は止まっていて、扉が開かれる。

 朝日が差し込んで来て一瞬目を瞑ったが、降りた先は豪華絢爛な中庭だった。


 そこに立っていたのは––––


「やぁ、ブルーノア君。待っていたよ」


 純白の王族服に身を包み、金髪を陽光に輝かせた青年。

 グラウス・エッフェルト第一王子だった。

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サク・ブルーノア技術士官は“推し”だけに宝具を作る! わたしを人間とすら見ない王子より、最高の推しと婚約を結んだので貴方に未練はありません tanidoori @tanidoori

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