6、安寧なんか、かなぐり捨てて––––

「落ち着いたかい?」


 数分ほど気絶していたらしいわたしは、ベッドに横たわっていた。

 傍では、ラインハルトさんがタオルを濡らしてくれている。


 わたしは鼓動を高鳴らせながら、目を輝かせた。


「いえ、まだ興奮しっぱなしです」


「ハッハッハ! そこまで凄いリアクションをされると、自ら足を運んだ甲斐があるよ」


 推しの前で失神したという恥じらいよりも、今まで納めてきた宝具へのお礼が強烈過ぎて全部かすれる。

 お礼目当てで今までやってきたわけじゃ無いけど、こうして言われると嬉しさが大爆発してしまった。


「サク……、いやサクさん。君は思っていた通り本当に素晴らしい方だ。ここまで感情豊かな人は初めて見るよ」


「……っ」


 熱のせいだろうか、怖い物なしとなったわたしはポツリと呟く。


「“サク”で良いですよ、呼び捨てにされるのは凄く嫌いなんですが……貴方なら良いです」


「っ……! これは一本取られたよ。それじゃあ遠慮なく呼ばせてもらおう……やるじゃないかサク。僕を驚かせられる人間はなかなかいないぞ」


「フフッ、今までずっと宝具作ってきて……なんか報われた気がしますよ」


 自分にはなんの取り柄もない。

 けれど、推しがこんなにも喜んでくれるなら……わたしはどんな宝具だって作るだろう。


 だってわたしは、彼だけのために生きてるようなものなんですから。


 身体を起こすと、わたしはラインハルトさんのカバンを見た。


「貴方が来た理由はお礼ともう1つ、あるんじゃないですか?」


 蒼色の目を向けると、これまた満足気に推しは微笑んだ。


「あぁ、その通りだ。君に宝具のオーダーメイドを頼みたくてここへ来た」


「理由を聞いても?」


「……明日、グラウス・エッフェルト王子が君を拉致するという情報を得た。それに備えるためだ」


「えっ、はい? 拉致!?」


 あまりに突然の単語に驚くも、ラインハルトさんは呆れ顔で続けた。


「この国の年間行方不明者数は1万人、そこに一体どれだけ“人為的”なものがあると思う? 多分だが……君が思うよりずっと多いよ」


「うわ〜……」


 あの王子、そんな横暴な人だったの?

 いや、考えてみれば自分専用になれなんて言う人が、心中穏やかなわけないか。


「だから僕は……恩人たる君を守りたい、そのために素材は持ってきた」


 ラインハルトさんがカバンをひっくり返すと、中からは色んな物が出てきた。


 今まで軍に送って来た宝具から拝借したと思しき、魔導回路やメタルパーツ、ガラス諸々。


 素材を見てすぐに何をご所望か察し、わたしはラインハルトさんを見つめた。


「もし……お望みの物を作って使用すれば、王政府へ逆らうことになるかもしれませんよ?」


 若干の試しも含めた言葉に、ラインハルトさんは軽く答えた。


「構わない、サクを失うことの方がずっと痛手だ」


 わたしは直感した。

 この人は、何かとんでもない闇を持っているのかもしれない。


 少なくとも、ここより先に踏み込んだ段階で––––わたし達はきっと“マトモ”と呼ばれなくなる。

 それでも、


「承りました、わたし––––サク・ブルーノアは、推しにしか宝具を作らないのでっ」


 進んでやろう、破滅が待っているかもしれない道へ。

 安寧なんか、かなぐり捨てて––––

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