5、推しがわたしの家に!?
わたし、サク・ブルーノアは完全に思考がパニックになっていた。
頭の中が桃色一色で満たされ、もう何にも考えられない。
何故なら––––
「時間をくださいとは言ったが……、本当にお邪魔して大丈夫なのかね?」
「はっ、はい! お外は寒いですし、レストランはお金が
––––いや、人が多いですからね」
何を血迷ったわたし! なぜよりにもよってこの方を、ラインハルトさんをこんなボロアパートに連れ込む流れになった!?
今からでも遅くない、未来の自分に借金して高級レストランにでも行った方が良いんじゃ、
「確かに、僕も今はレストランの気分じゃない。サクさんは実に気が利く女性のようだ」
背後からこんなことを言われては、もう引き返せない。
あっという間にアパートへたどり着き、玄関の扉を開けた。
「あっ、ラインハルトさん背が高いので、頭上に気をつけてください」
「これはどうも、助かるよ」
はあぁぁああ––––––––––––––––––––––––––––––––ッッッッッ!!!!!!!!!
なんでかわかんないけど、伝説の軍人さんがわたしなんかの部屋に来てしまった!
テンションがもう意味不明なことになってるけど、こんなシチュエーション正気じゃとてもやってられないわ。
「リビングで待っていてください、今食べ物を持ってきますので」
「良いのかい? 貰えるならありがたく頂こう」
「もちろんです!」
流れに身を任せるのよ、サク!
ここは華麗に手料理でおもてなしを……。
「おもて……、なし……」
キッチンに立ち、ここでようやく思い出した。
今この家には、乾燥ベーコンくらいしか食料が残っていないわ。
完全に失念していた……!
こんな手料理とも言えないものを、まさか推しに食べさせるっていうの!?
いや、でも結構お腹空いてるみたいだし……。
出さないよりかは、
「すみません……、コレしかお出しできなくて」
悔しさ純度100%の乾燥ベーコンを、お皿に乗せて出す。
唯一試みた抵抗と言えば、せめて見栄えが良くなるよう少し大盛りにしたくらい。
あぁ、幻滅されるリアクションが目に浮かんで––––
「サクさん、君は実に素晴らしい方だ……」
「へっ?」
「お昼が陸軍のお世辞にも美味くない軍用糧食レーションだったもんでね……、こんなご馳走を貰っても大丈夫なのかい?」
「ご馳走だなんて、こちらこそ貧相ですみません……」
「謙遜は美徳だが、君は僕に素晴らしいもてなしをしているんだ。ありがたく頂くよ」
2人してフォークでベーコンをつっつく。
こうして近くで見ると、ラインハルトさんの黒髪ってこんな綺麗なんだ。
しかもなんかめっちゃ良い匂い……、これもう石鹸の原液なのでは?
「んっ、顔に何か付いているかな?」
「あっ、いえ! 綺麗な食べ方だなって……」
「それはどうも、一応国防大臣の息子なもんでね……躾を厳しくされた名残だ」
「えっ!? 国防大臣!?」
ラインハルトさんについては、聖女特権をもってしても詳細がわからないくらいに秘密が多い。
まさか国防大臣の息子さんだったなんて、全くの初耳だった。
「驚いたかい? まぁそうか……メディアには公開してないから。一応言っとくと実の息子じゃなくて、義理だよ。僕は元々捨て子だったからね」
「す、捨て子……」
「サクさんなら口が固そうだから、ベーコンのお礼に少しくらい教えても罰は当たらないだろう。ちゃんと秘密にしておいてくれよ?」
全力で頷く。
推しの秘密……、しかもそれをわたしだけに話してくれた。
これほど嬉しいことは無い、もし新聞記者なら即日記事にする内容だ。
「と、ところで……」
このままずっと余韻に浸っていたいけれど、そうもいかない。
わたしには聞くべきことがあった。
「ラインハルトさんは……、何故わたしを待ち伏せていらしたのですか?」
そう、この人の目的だ。
見つけた時の状況からして、わたしが通りそうな帰り道に軍人を何人も置いていた。
今回はたまたまラインハルトさんとかち合ったわけだけど、そこまでの労力を払う目的が……きっとあるはず。
「そうだね、一言でいうなら––––」
フォークを置くと、ラインハルトさんは改まった様子でわたしと正対した。
「ずっと君にお礼が言いたかった、サク・ブルーノアさん。貴女のおかげで……我々軍は他国に負けずに済んでいる。技術試験局の宝具は本当に素晴らしいと、この口で伝えるべきだと思ったんだよ」
顔に溜まった熱が限界に達し、わたしは真後ろにぶっ倒れた。
喜びの感情がオーバーフローして、意識が遠のく。
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