4、推しとの邂逅
「いやー!! ほんっっとスカっとしましたよね!! サク先輩!」
午後7時。
街灯がつく時間になる頃、後輩の聖女がシャドーボクシングしながらテンション高く喋っていた。
「あのラインハルトさんって人、伝説の軍人ですよね……なんか明らかレベルが違うっていうか、もう王子様より威厳ありましたよね!」
「う、うん。その通りだけど、絶対外で言わないでね……」
命知らずなことを言う後輩と共に、帰り支度を行う。
今日は結局、予想通りといいますかノルマは達成できなかった。
業務時間が減ったせいじゃなく、単純に昼間の衝撃が凄すぎて仕事が手につかなかったから。
特に––––
『私専用の聖女になりたまえ』
王子の言葉が過ぎる。
しかも、必ず迎えに上がるなんて言われてしまった。
つまり、わたしの意思なんて関係なく連れて行かれちゃうってこと?
そんなの––––10年前の徴兵とおんなじじゃないっ。
やっと自分の生き甲斐を見つけられたのに。”また“奪われるの?
それだけは嫌だ、もうわたしは国に振り回されたくない。
たとえ、どんなに命知らずと言われようと抗って––––
「っ」
制服の上着を羽織った時、ふと自分の言葉を反芻した。
「命知らず……」
そう、今日あの場でラインハルトさんが取った行動は、まさに命知らずという言葉が相応しかった。
だって王子の前で近衛を投げ飛ばすとか……、いくら何でもぶっ飛び過ぎてる。
ぶっ飛び過ぎてて……、
「カッコよかったな……」
「へ? 先輩なんか言いました?」
「いや! 何でもない! さぁ帰りましょう!」
危ない危ない……。
推しはわたしだけの秘密、この想いは墓まで持っていくんだから。
明かりの消えた試験局を出たわたしたちは、明るい街並みを歩き始めた。
「王都も発展しましたよね〜、人口も凄く増えてるらしいですよ」
「そうね、最近だと理想の引越し先ランキング1位になったって雑誌に書いてたわ」
「この調子で、ドンドン発展して……いつか高層ビルが立つようになったら、もっと人が来てくれますよ」
高層ビル……。
またも昼間のラインハルトさんの言葉が蘇った。
あの人は、周りの近衛がゴミと吐き捨てた鉄の有用性をしっかりと理解していた。
普通ならあり得ない、一体どこからそんな知識を得たのだろう。
あぁ……気になる、推しの頭が良すぎて夜も寝れなさそう。
「先輩、今日もご飯は乾燥ベーコンですか?」
「ふぁっ!? あぁ……えぇうん。今月も余裕無いから」
「余裕無いって……そりゃそうですよ、先輩家でも仕事の素材を自費で買ってるじゃないですか。ただでさえ給料少ないのに」
「だって、そうでもしないと製品の質が落ちちゃうし……」
たとえわたしの生活が苦しくなろうと、軍に納める製品の質は上げ続けなければならない。
推しに不良品を使わせるなど、わたしの信条が許さないわ。
「いやー、さすが先輩。わたしはまだ実家から到底出る気になりませんわ〜」
「貴女あなただって聖女でしょうに……、ここより良い勤め先なんていくらでもあるじゃないの。そもそも特権は何に使ったの?」
「……いやー忘れちゃいました、っていうか勤め先ったって、今の職場以外考えられませんよ」
「なんで?」
「こーんな厄介な後輩の面倒を見てくれるのは、世界でサク先輩しかいないからですよ! 他は無理ですわ〜」
この子も謎が多いわね、まぁ他人を詮索するつもりもありませんし。
そうこう言ってる内に––––
「あっ、いつもの橋だ。じゃあ先輩! また明日ー」
「えぇ、また明日」
後輩と別れる。
さて、もうすぐ春とはいえまだ寒い……サッサと帰り––––
「えっ?」
アパートに続く道へ入ると、本来そこにはいないはずの人がいた。
「おっ、ビンゴじゃないか……。
通信用宝具を持ちながら、街灯の下で立っていたのは––––
「こんばんはサクさん、お昼は大変失礼しました。ちょっとお時間……頂けますか?」
ニッコリと笑いながらそう言ったのは、昼間と変わらぬ風貌の軍人。
ラインハルト・フォン・シュツットガルト少佐だった。
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