3、伝説の軍人ラインハルト
「シュツットガルト少佐……! それは我々が無知だと言いたいのか? いくら伝説の軍人でも言葉が過ぎるぞ」
振り返ったポッチャリ体型の近衛が、ラインハルトさんに怒り顔を向けた。
けれど、彼は全く動揺せず––––素材の山からスチール塊を取った。
「では近衛士官殿は、これの有用性を十分ご理解しておいでなのですね?」
「ッ……! どうせちょっと硬いだけの鉄だろう。我々が使う炎剣には遠く及ばない石ころだ!」
「ふぅむ、それは違いますな士官殿」
眼鏡の奥で、あまりにカッコ良すぎる碧眼が光った。
「スチールの用途は非常に多岐に渡ります。もしこれを鉄骨に加工することができれば、今でこそ我が国に存在しない高層ビルなどを造れます」
「高層ビルだと……?」
「都市部の居住面積問題に一石を投じかねない代物です。まさか、伝統の学院を出られた士官殿が知らぬはずもありますまい?」
ラインハルトさんの言ったことは、今絶賛局内で話し合われている内容そのものだった。
彼はあの鉄を一瞬で見極め、用途まで連想するに至ったんだわ。
なんて方……。
「まぁ、“民間以外”にも用途はありますけどね」
スチール塊を元の場所に戻す。
「シュツットガルト少佐、君は私の護衛であって視察官ではないぞ」
顔だけ向けたグラウス王子が、諭すようにラインハルトさんを見た。
「あぁ……失礼しました殿下、愚鈍を見るとつい教育したくなるのが軍人というものでして」
苦虫を噛み潰したような顔をする近衛だが、ラインハルトさんの言ったことに間違いはどこにも無かった。
故に、全く反論できない。
「まぁ良い、確かにお前の言うことに一理はあるようだ。しかし余計な干渉はよしてもらおう」
「了解致しました、王子殿下」
列の後方に、笑みを浮かべたまま戻るラインハルトさん。
あぁ、もっと見ていたかったのに……。
「ところでブルーノア君」
「あっ、はい!」
突然王子に話しかけられ、つい姿勢を正す。
「この技術試験局は、今どこに商品を卸しているのかな?」
「はっ、はい! 今は戦時からの伝統で王国軍に納入させて貰っております」
「そうか、じゃあ1つ頼みごとを聞いて欲しい」
「頼みごと……ですか?」
「大丈夫、簡単なことだよ」
ニッコリと微笑んだ王子は、次の瞬間––––おぞましい言葉を口にした。
「君ほどの優秀な聖女が、平和になった王国で軍にばかり商品を作るなど、ハッキリ言ってなんの経済性も無い。だから––––」
グラウス王子の口角が上がった。
「私専用の聖女になりたまえ、見たところずいぶん酷い設備で労働しているように見受けられる。王城に来れば、住み込みで働けるだろう」
はっ、はあぁぁぁああああぁぁぁっっっ!!?
何を言ってるんですかこの王子は! わたしを王城で雇う!? そんな、そんなこと––––
「も、申し訳ありません……。それは、できないです」
断る以外あり得ない!
王子専用ってことは、ラインハルトさんやその部下たちにわたしの商品が届かなくなるってことよね!
絶対ありえない! 断固反対!
「わたしはこの試験局で育ちました……、ここを捨てることはしたくありません。ちょっと、あの。なんというか……その申し出は受けられませんッ」
「貴様ァ!! グラウス様のご厚意を蹴るなど、無礼にも程があるぞ!!!」
前に出てきた近衛兵が、わたしの細い腕を掴んだ。
あまりに力強い男性の手……、全然振り解けない。
恐ろしさと恐怖が、ゾッと腹の底から湧いてくる。
ダメだ、死––––
涙目になったわたしの目の前で、近衛が宙を舞った。
比喩ではなく、本当にそのままの意味で。
眼前で”背負い投げ“された近衛兵士が、床に後頭部を強打して失神した。
やったのは……、
「いけませんよ近衛中尉殿、殿下の前でそのような粗相は。それに––––」
誰にも気づかれない速度で接近していたのは、真っ白な手袋を整えるラインハルトさんだった。
彼はわたしと王子の間に立ち、こちらを向いた。
「女性を困らせるのは頂けませんね、サクさんでしたっけ……大丈夫ですか?」
「あっ、は……はい」
強い……、訓練された近衛をたった一撃で。
何より凄まじいのは、グラウス王子を前にしているのに迷うことなく動いたという豪傑さ。
端的に言って––––カッコ良すぎた。
「グラウス殿下、この様子では訪問をご中止した方が良いかと」
「シュツットガルト……! 君は何をっ」
「わかりませんか? 現場の聖女に敬意を払えない雑兵共を、この神聖な部屋にこれ以上居させたくない。彼女は軍にとって恩人なのですよ」
「ッ……!!」
圧倒的だった。
纏う雰囲気も、放つ言葉も……全部が皇帝みたいな威厳を持っている。
たじろいだグラウス王子が、歯軋りした。
「良いだろう、今日はこの辺りで失礼しよう。でもブルーノア君、覚えておいてくれ」
去り際、王子はわたしの蒼目を睨んだ。
「多くの聖女が堕落した今、君という才能を潰したくない……近いうちに、必ずお迎えに上がる」
それだけ言い残し、グラウス王子一向は出口へ向かった。
ラインハルトさんは……、終始ゆとりのある表情を崩さなかった。
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