第2話好きよ

ほら、家に帰ってきてやったわよ。

どうして最近あんたは寝てばかりなの。

「ご飯が食べたいわ。」

廊下はしぃんとしたままで、返事が返ってくる様子がない。起こしに行こうかしら。

あ、起きた。

「はいはい、おかえりゆき」

そう言ってあたしを抱きしめる。手が冷たい。

あたし、冷たい人って好きじゃないわ。

でも、あなたは特別にしてあげてもいいけど。


あら、いい匂い。ご飯、いつものと変えたのね。

おいしい。けど、どうしよう。明らかに前よりも食事の量が減っちゃった。

「無理しなくてもいい。食べられる分だけ食べればいい。」

優しいじゃない。あら、あんた、いつの間にか皺が増えたわ。昔のいかつさはどこへ消えてしまったのよ。うふふ。可愛くなっちゃって。


彼が窓際の揺れる椅子に座ったから、あたしも座る。

開いている窓から風が吹く。カーテンが少し揺れて、雨の匂いと庭の芝生の匂いが混ざる。意外と好きよ私、あなたとこうするのは。かわずの声、雨粒にあたり軽やかな音をだす葉っぱ。眠くなっちゃうわ。

「ゆき、いつもありがとう。こんな年寄りと一緒に居てくれて。」

当たり前じゃない。だって、あたし、

「ゆき、なぁゆき。僕は幸せだ。十六年間楽しいことばかりだったよなぁ。」

そうかもね。

「入院することになったんだ。」

「でもねすぐに君のところへ戻るよ。」

ありがとう。


あんたはそう言ってたけど、本当に楽しいことばかりだった?

初めてあたしと会ったときに、あたしにどう接していいか分からないって悩んでたわ。

あたしの口に合うご飯もわかんないって

あたしが家のものを壊すたび、あなたが大切だって言ってた紙を破くたびに顔を青くしてさ。

うふふ。やっぱり忘れて。

あんたに会えてあたしは幸せよ。


あなたがあたしを見つめる瞳が好きよ。

柔らかな声が好きよ。

あたしを大事そうに抱き締める腕が好きよ。

あなたから仄かにかおる花の匂いが好きよ。

あなたが好きよ。愛しているわ。

だからあたし、ちゃんとあなたを迎えに行くわ。

いい女は愛する人のために行動するものよ。


あら、あなたの病室にはたくさんの人がいるのね。

でも、当然ではあるのかしら。うふふ。


「ゆき、来てくれたのか。僕が行けなくてすまないなぁ。約束、したんだがな。」

「そろそろ行こうか。ゆき、おいで。」


「ニャー」

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さようならあんた @shinazu

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