第65話 穴
「見えました。あそこが避難所――のはずですが」
「なんだ? ありゃ」
運転席にいる犀川さんと助手席の岸辺さんが最初に避難所を目視する。
遅れて俺たちも焦点を合わせると、予想もしていなかった光景を目の当たりにした。
俺たちは避難所の外観を知らない。けど、確実に元からこうだったであろうとは思えない形状をしていた。
風穴が空いている。見間違いかとも思ったがそうじゃない。
建物がくり抜かれていた。
「ここでいったい何が……」
前のめりになってフロントガラスを見つめていると、避難所の周辺状況が見えてくる。
廃車や鉄骨を使って作られた頑丈なバリケードは積み木のように蹴散らされていて、地面には一直線に風穴へと続く削れたような痕があった。
「掘削機でも通ったのか?」
流石にそんなことはないと思うけど、でもそう思わせるような光景だ。
ドリルのようなもので無理矢理押し入り、避難所の外観に風穴を開けた。
もしそんなことが出来る存在がいるなら、恐らくそれは――
「降りよう。詳しく調べるぞ」
「はい」
周囲を警戒しつつ高機動車から降り、バリケード内を見て回る。
かつて安全地帯だったこの場所に起こった悲劇を物語るのは散らばった残留物だけ。
踏み荒らされた幾つもの洗濯物、割れた眼鏡、数多の魔物の足跡。
避難所の中を覗くと壁や天井に夥しい量の血痕がこびり付いていた。
いたるところに爪痕と銃痕が刻まれ、酷く荒れている。
激しい戦闘の後だ。身と心の拠り所で命のやり取りがあった。
ここに避難していた人たちの絶望は察するにあまりある。
人の死体は見当たらない。きっとすべてが終わったあと魔物が持って行ったんだろう。用なしとなったここに魔物の姿はない。
「岸辺さん、それは?」
「通信機の部品、だと思う」
岸部さんの手にはもはや鉄屑としか思えない機械の部品が握られていた。
「じゃあ、まず何かがバリケードを突破して避難所に風穴を開けた」
破壊されたバリケードを指差し、削れた地面をなぞって風穴を指す。
「その地点が不幸にも丁度通信機器のある場所だった、と見るべきね」
「それで助けも呼べず、こじ開けられたバリケードから魔物が押し寄せたってことだよね。きっと」
「事が起こった時にはもう何もかも遅かったってことか。たまったもんじゃないよ、こんなの」
「避難所にいた人たちは逃げられたのでしょうかー? 全員とはいかなくても」
「そうね。すこしでも生き残っていてほしいわね」
避難所の様子を覗く限り、激しく抵抗していたのは間違いない。
犠牲者は出ただろうけど、ここで全滅したと決まったわけでもないはず。
「直径は二メートルくらいか」
人一人が簡単に通れてしまうほどの穴が避難所を貫いている。
断面は崩れてボロボロ。瓦礫も散乱していて――
「瓦礫が……少ない?」
風穴が空く衝撃で吹き飛ばされたのか?
「蒼空くん! 行きましょう。生き残った人を探しに!」
「あ、あぁ、わかった」
破壊された規模に対して瓦礫の量が釣り合っていない。
そのことに引っかかりを覚えつつも高機動車へと戻った。
「生き残りがいるなら固まって行動しているはず。遠くまではどうしたって逃げられない。問題はどこに逃げたかだけど」
「この辺りで身を隠せそうな場所は……」
岸部さんと俺でそれぞれ地図を開く。
「何人生き残りが居ようと腹は減るもんだ。予想外の襲撃だっただろうし、持ち出せた食糧は少ないはず」
「なら、探すなら……ここだ。スーパーマーケット」
「よし、まずはそこからだ。犀川さん」
「わかりました。急ぎましょう」
急いで避難所を後にし、スーパーマーケットへ。
もしそこに生き残りがいれば、あの避難所でなにが起こったのかがはっきりする。
そうでなくてもまだ生きているのなら助けないと。
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