第64話 足掻き

「嫌な位置ね。距離はあるけれど、なにかあるならここにも影響が及ぶかも」

「これで行ってなにもなかったら笑い話で済むんだけどなー」

「とにかく、行って確かめるしかない。出発はいつですか?」

「事は急を要する。出発は明日の朝だ」

「わかりました」


 岸辺さんはまだ話があるようで俺たちだけ先に会議室を後にした。

 安全地帯だと信じて疑わなかった避難所が、もしかしたら崩壊しているかも知れないという懸念。

 とてもここにいる人たちには聞かせられない話だ。口を滑らせたが最期、パニックが起こって避難所の秩序が崩壊する。

 俺たちは息苦しい思いをしながらも人目を憚って、空いている人気のない個室に入り、息を大きく吐いた。


「これ、不味いよね?」

「そうですねー、今回の作戦は家族にも本当のことを言わないほうがいいと思いますー」

「どこから情報が漏れるかわかったものじゃないよね。はっ! 扉の向こうに誰かいたりして!」

「大丈夫ですよー! 蝶々を一羽、外に置いてきましたから。誰かが聞き耳を立てていたらすぐにわかりますよー」

「そっか、ほっとしたよ」


 真央の機転によってこの部屋の機密性は保たれていた。

 凜々も安堵の息をつく。


「なにが原因だと思う?」

「機器の故障って線は抜きにして? そうなると定番なのは避難所でパンデミックが起こったところだけど。それはボイスが否定してるから無しか」

「妙なのは救難信号もなしに音信不通になったってところね。ここと同じように避難所にはバリケードがあったはずだし、襲撃があっても助けを呼ぶことくらいできたはずよ」

「そんな暇もないくらいあっという間に制圧された?」

「だとしたら強力な魔物がいるかも知れませんねー」

「なんにせよ心しておかないといけないみたいだな」


 これでただの機器の故障だったなら笑い話で終わらせられるんだけど。

 その辺のところをはっきりさせに行こう。

 それでもしこの件に原因が、魔物が関わっているなら、それを排除する。

 ここを守るためにも。


「おやー、人が来たみたいですよー。いま通り過ぎましたー」

「そろそろ出るか。くれぐれも」

「口に気を付けろ、ですよね」

「わかってるって。じゃ、また明日の朝」

「寝坊しないようにね」


 個室を出てそれぞれが明日を待った。


§

 

「物資の調達、頑張ってね」

「うん。行って来ます」


 凜々たちの両親は、いつもの物資調達だと思っているらしい。

 こちらも話を合わせて本当の目的を悟られないようにしつつ高機動車に乗り込んだ。

 正直、騙しているようで心苦しいけど、嘘も方便ってことで許してほしい。


「全員、乗ったな。犀川さん」

「えぇ、行きましょう。何が待っていることやら、知りたくないような気もしますがね」


 犀川さんは相変わらずの様子で不安そうに高機動車を走らせる。

 でも、運転はとても上手い。障害物もすいすい抜けていく。

 衝撃が走るのはゾンビや魔物を轢いた時くらいのものだ。


「そう言えばさ。最近、ゾンビの数減ってない?」

「そう言われてみれば……」

「でも、それってボイスの話を聞いたからじゃないかな?」

「それもありそうね。けど」

「そうですねー、体感ではありますが、たしかに減っているような気がしますねー」

「お、奇遇だな。俺と犀川さんも、というか大杉の奴も同じこと言ってたよ。最近、防衛のために使っている弾丸の数が減ったって言ってたから間違いない」

「数字に出てるなら、本当に?」


 でも、たぶん。それは砂場にある砂を一掬いした程度のもので、局所的にゾンビの数が減っているだけなんだろうけど。直に均されてしまうのかも知れないけど。

 ボイスの言っていた事態の終息に近づいているのかも知れない。


「俺たちの足掻きも無駄じゃないってことだ」


 いつかの終わりが来るまで生き延びる。

 そのためにも避難所と連絡が取れなくなった原因を見付けないと。

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