第63話 応答

 世界が終末を迎えてから二ヶ月が経とうとしていた。

 相変わらずゾンビや魔物が我が物顔でうろついているものの避難所はまだ安全地帯としての機能を保っている。

 物料投下は今後も実施してくれるようで、食糧や武器弾薬の心配はとりあえずのところいらなくなった。

 けれど、安心してもいられない。

 放っておけばまた鳥の魔物が空の支配権を取り戻してしまうし、毎度物料投下が成功するとも限らない。

 物資調達はついに店だけでなく近隣の民家にまで及んでいた。


「泥棒になったみたい」

「今更?」

「そうだけどさ。でも、このシチュエーションは」


 咲希の言葉に部屋を漁る手が止まった。

 旗から見るとたしかに空き巣をしているようにしか見えない。

 民家に忍び込んでそこにあったものを持って帰る。

 これがかつての日常なら立派な犯罪だ。


「なぁ。俺がまだコンビニから食糧を持ち出してた頃、レジを通さないことに罪悪感を覚えたのを憶えている。結局、財布の中身がなくなるまでそれは消えなかったけど、今はもう慣れた。これにも慣れる。慣れたくはないけどな」

「だね。必要なものはたくさんあるし」

「咲希さん、蒼空さん。防災バックを見付けましたよー」


 ひょっこり真央が顔を除かせる。両手には防災バックが二つ握られていた。


「いいね。中身は?」

「水と非常食、紙皿や紙コップ、割り箸にカイロ、瓦礫を踏んでもいいように底の厚いすっりっぱもありますねー」

「食糧と水はいくらあってもいい。これも持って行こう」


 それから各種調味料や買い置きの即席麺、缶詰、衣類、使えそうなものは片っ端から回収してワイヤーロープで縛り上げた。

 貴金属や宝石類と言った金目のものや、思い出の品々には一切手を付けることなく、俺たちはこの民家を後にする。

 玄関から出ると道路の中央に停車した高機動車に物資を積み込み、調達完了。

 遅れて隣りの民家から凜々たちが現れ、手に持った物資の運搬を手伝いに向かう。


「持つよ」

「いいんですか? ありがとうございます。蒼空くん」

「そっちも」

「えぇ、お願い」


 手早くワイヤーロープで縛って高機動車へ積み込む。


「そっちも終わったか。じゃあ帰ろう」


 岸辺さんたちはすでに別の民家で物資を調達済み、物資で重くなった高機動車が発進し、帰路につく。

 無事に避難所に帰還しバリケードの中に入ると、多くの人が張り巡らされた糸に洗濯物を干していた。


「皆さん、最近になってよく外に出られるようになりましたねー」

「前の作戦で鳥の魔物がかなり減ったからな。室内ほどじゃないけど、バリケードの中なら安全」

「怖がって外に出たがらない人ばっかりだったもんなー。久々の日光浴って訳だ」


 避難所も少しずつ、良い方向に変わりつつある。

 俺たちがその一助になれていることは、誇らしいことだった。


「岸辺、それからキミ達も」


 避難所の中に入ると、すぐに大杉さんに呼び止められる。

 声の感じと表情からあまりいい話ではなさそうに見えた。


「来てくれ。話がある」


 俺たちは顔を見合わせつつ、大杉さんの背中を追い掛けて会議室へ。

 ほかには誰もいないようで、呼ばれたのは岸辺さんと俺たちだけ。

 いつも会議室を使うときは他にも自衛隊の人たちが大勢いたのに、今日だけ違う。

 それに違和感を覚えていると、大杉さんの口が開いた。


「単刀直入に言う。連絡を取っていた避難所のうちの一つから応答がなくなった」

「え、それって――まさかッ」

「まだわからない。通信機器の故障かも。だが、最悪の状況を想定するべきだ。なんにせよ現地に行ってなにが起こっているのか知る必要がある。もし最悪が起こっていたなら、その原因もな」


 避難所の一つが音信不通。

 いったいなにが起こっているんだ?

 いや、それよりも――


「あの、その避難所って」

「ここだ」


 広げっぱなしの地図の一点が指差される。

 そこは、けれど俺の両親がいる可能性が最も高い避難所ではなかった。

 その事実に、心の底から安堵してしまう。

 よかった、と思うのは不謹慎だろうか。


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