第58話 屏風
再び施設の玄関口を潜り、物資の落下地点まで戻る。
ここに答えがあると知ってから改めて見て見ると、無味無臭な内装にも説得力が出てくるもので、この空間は来訪者に何も悟らせないようにしているのかも知れないと、そう思わされた。
本当にそう言う意図があっての内装なのかはわからないけど。実際、物資を回収したら出て行くところだったし、ボイスが連絡を取らなければそのまま避難所まで帰っていたに違いない。
地下になにが眠っているのかも知らずに。
「向かって右方向に進んでくれ」
ボイスの案内を頼りにして施設内を歩く。
雑草が伸びに伸び、木は枯れ、池の水が緑色に染まった内庭をガラス越しに眺めつつ廊下を渡ることしばらく、突き当たりにひっそりと隠れるようにして佇むエレベーターを発見した。
「蒼空。頼んだ」
「はい」
先日、鳥の魔物の殲滅作戦のためにビルの屋上に登る際そうしたように、エレベーターに稲妻を流す。
雷鳴に混じって駆動音が鳴り、聞き慣れた電子音と共に重厚な扉が開かれた。
中にゾンビはなし。
エレベーターに乗り込むと行き先を選ぶボタンが二つしかなかった。
この階層か、地下か。
「わかりやすくて助かるな」
岸部さんが躊躇なく地下へ向かうボタンを押し、エレベーターが一気に地下へと潜る。
何秒かの浮遊感の後、目的地に辿り着く。
扉が開き、その先に待ち受けていたのは――
「美術館?」
展示された数々の美術品たち。
ここはまだ非常電源が生きているのか照明がついていて地下なのに明るい。
お陰で俺がずっと壁に手を突いて稲妻を流す手間が省けたけれど。
ここはいったい?
「わー、すっごい。なんか色々展示されてるよ。ちょっと誇りっぽいけど」
「展示されているのは……歴史的な資料が多いみたい」
「おー、御札のようなものもありますよー」
「こっちには刀剣の類いも飾られているわね。槍の穂先についているのは、血?」
どうやらゾンビも魔物もいない様子なので、俺も適当な美術品の前に立つ。
目の前にあるのは一枚の屏風だった。
白い衣装を身に纏い御札を手にした何人もの人と、それと対峙する形で描かれる幾人もの亡者。
亡者の側には他にも異形の姿をした妖怪もちらほらと混ざっている。
そんな両者の対立を描いているそれを眺めていると、隣りに岸辺さんが立つ。
「なぁ、蒼空。これを見て、なにか思い出さないか?」
「そう言えば……どこか見覚えが……」
なんだ? この既視感は。
間違いなく初見の屏風なのに、なぜかこの絵を知っている気がする。
絵。光景。見たことのある景色?
「――ゾンビ」
「正解だ」
ボイスの声がしんと静まり返ったこの空間に響く。
「正解、だって?」
「そうだ。その屏風に描かれているのはゾンビと魔物で間違いない」
そんなことは、可笑しい。
「待ってくれ。それじゃあまるで」
「あぁ、そうさ。世界がこうなってしまったのは、これで二度目だ」
信じられない言葉がボイスによって紡がれた。かつて妖怪や物の怪、怪異という存在が信じられていたことは知っている。
でも、それはあくまで当時の人たちが理解できない現象に名前と設定を付け加えただけのはず。
天から鳴り響く稲妻を神の意思として扱ったように、実際には存在しないものだ。
けど、それが事実ならボイスの話に筋が通る。ゾンビが徘徊し魔物が蔓延る今の世界はまるで、妖怪や物の怪が跳梁跋扈していた平安時代そのものだ。
「じゃあ……なら、どうして一度は平穏に……」
「それはその屏風に描かれた彼らの活躍によるものだ」
ゾンビは魔物の群れと対峙する、白い衣装の人たち。
「キミ達のようにその身に宿ったスキルを駆使してゾンビや魔物と戦い、ついに殲滅せしめた英雄たち。彼らはその最大の武器であるスキル――術に絡めてこう呼ばれることとなった」
それは俺たちにも聞き馴染みのある名称だった。
「陰陽師」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます