第56話 投下

 時折大きな衝撃が車体を揺らしては跳ね飛ばされたゾンビや魔物が飛んでいく。

 すこし前なら発狂していそうなシチュエーションも、今ではよくあることとして雑に処理される。

 これが良いことなのか悪いことなのか判断が難しいところだけど、確実に俺たちはこの非日常が日常になりつつあった。

 今日を生きるので精一杯だった俺たちにも随分と余裕が出来たものだ。


「公園が見えました。危険なので離れた位置で停めます」


 緩やかに高機動車が停車し、窓越しに空を見上げてみる。

 雲一つない快晴に鳥の魔物の影はなし。


「今日は風がすこし強い。落ちた物資が風で流れて投下地点から外れるかもな」

「運が悪けりゃこの上に落ちてぺしゃんこってオチか」

「やだ、時峯くん。縁起でもないこと言わないでよ」

「心配するな、百道。確率が低すぎる。そんなことはありえない」

「よくそんなことが言えるわね、片山くん。今ではあり得ないことだらけでしょ?」

「たしかに。俺、車から降りてようかな」

「あほくさ。真に受けてんじゃねぇよ」


 俺も考慮しなくていいことだと思うし、まさに杞憂なんだけど。

 なまじ世界がこうなってしまった分、何事に対してもあり得ないと斬って捨てることが難しくなってしまった。

 そんな小数点の彼方にあるような確率を一々考慮していたら切りがないけど。

 交通事故を恐れて外にまったく出なくなることが果たして正しいのか? って感じだ。


「もうすぐ予定時刻だ。物資が流れたら追い掛けるんだから乗ったままにしとけ」

「わ、わかってるって」


 片山さんにそう釘を刺した岸辺さんは助手席からじっと空を眺めている。

 俺たちもそれに習って空を眺めていると、彼方に黒い点を発見した。


「あれって」

「どれだ?」

「あそこです、あそこ!」


 黒い点は次第に大きくなり、輪郭を帯びていく。

 流線型の造形に生えた鋼の翼。航空機が物資を届けに飛んできた。


「やった、ちゃんと来てくれたじゃん!」

「おー、あの航空機に物資が積まれているんですねー」

「公園に落ちてくれるといいのだけど」

「面倒は少ない方がいいよね。あ、落ちた!」


 幾つものパラシュートが開き、いくつかの物資が地上に落とされた。

 航空機は投下した物資の行く末を見届けることもなく、そのまま俺たちの遙か頭上を通り過ぎて行った。


「投下成功! でも、案の定、風に流されてる。犀川さん!」

「任せてください」


 高機動車が再び唸りを上げて動き出し、風に流されていく物資を追い掛ける。

 破壊されたまま修復されていない道路を滑らかに走り抜け、距離は縮まっていく。

 物資は流れに流れ公園からはかなり離れた位置、何らかの施設に落下する。

 そこは高い塀と鉄製の門に囲われ、外界から隔離された場所だった。

 それ故か敷地内にゾンビや魔物の姿は見当たらない。


「物資はこの中に落ちたのか。しようがない。どうにかして門を開けよう」


 高機動車から下りて門の前へ。

 どうやら遠隔で開閉を操作できるタイプらしく。

 稲妻を流し込むと音を立てて門が開いた。


「流石」


 高機動車が敷地内に入り、今度はゾンビや魔物が入ってこないように閉める。敷地内は再び外界からの接触を遮断された。


「ここってなに? 富豪の別荘って感じには見えないけど」

「そうだね。なにかの施設、かな?」

「なんだっていいわ。どうせ中に用事はないんだし」

「まぁ、それも物資が屋根を突き破ってなければだけど」

「とにかく物資を回収しましょー。全部外にあるといいですねー」


 物資のすべてが敷地内に落ちたのは目視で確認積み。

 俺だけじゃなく高機動車に乗っていたみんながそれを見ている。

 だからここにすべての物資があるはず。

 各々が散らばって敷地内を歩き、物資を探す。

 敷地内に設けられている庭は手入れが行き届かず、あらゆる植物が好き放題に枝葉を伸ばしていた。

 それに隠れるようにして落ちていた物資の一つを発見する。植物の枝に絡まったパラシュートを回収するのに難儀したけど、どうにか回収完了。

 磁力で運搬するためにワイヤーロープを巻き付けて犀川さんのところまで運んだ。

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