第54話 言葉

 自分の身勝手な都合で独断行動を取ってしまった。

 多くの人の命が懸かった重大な作戦の途中だったのに。これは許されないことだ。

 甘んじて私情を挟んだ罰を受けるつもりで凜々たちの元へと戻る。

 きっとみんな怒っているだろうと、叱責を覚悟していたけれど。


「蒼空! 無事でよかった、心配したんだぞ!」

「一人で飛び出していくからびっくりしたんだから」

「所々焦げてますけど、大きな怪我もないようでなによりですねー」

「……怒ってないのか?」


 みんなはこんな俺を優しく迎えてくれた。


「事情は凜々から聞いたわ。褒められた行為じゃなかったのはたしかだけれど責める気にはなれない、というのが正直なところよ」

「あたしは一言欲しかったけどなー」

「申し訳ない」

「嘘嘘! 冗談だって、しょげないでよー」


 みんながこう言ってくれたのはありがたい。本当に感謝しかないくらいだ。

 けど。


「戻ったか、蒼空」

「岸辺さん」


 大人たちはそうもいかないだろうと腹を括った。


「まずは無事に帰ってきたことを喜ぼう。でも、無茶し過ぎだ。作戦行動中に一人で勝手に行動するなんて、本当なら許されないことだぞ」

「はい……」

「けど、お陰で助かった」

「え?」

「あの馬鹿デカい個体をどこにも行かさないために囮を買って出てくれたんだろ? 俺たちも魔物を殲滅したら応援に向かうつもりだったが、一歩遅かったみたいだ」


 叱られたが、感謝された。

 状況が飲み込めずに視線を凜々へと向けると、頷いて返された。

 どうやらそういうことになっているらしい。凜々が大人たちのために上手く言い訳を考えてくれていた。

 今回は凜々の世話になりっぱなしだ。


「蒼空や詩穂ちゃんたちのお陰で部隊は作戦を完遂できた」

「じゃあ、この作戦は」

「あぁ、成功だ。鳥の魔物はもういない!」


 大人たちの大きな歓喜の声が、鳥なき大空に響き渡る。

 俺が巨鳥と戦っている間に、鳥の魔物は殲滅された。

 これで空路を遮る障害は取り除かれたことになる。

 物料投下。いま本当に必要としているものが届く。

 これで多くの人が助かるはずだ。


「さぁ、戻ろう。勝利の凱旋だ!」


 勝利の余韻に浸ったまま、俺たちは帰路につく。

 揺れる高機動車の中、一人密かにポケットの中に仕舞った尚人の形見を握り締める。

 覚悟は決まった。

 尚人の両親に真実を話す。

 揺るがぬ決意を抱えて、俺たちは避難所へと無事に帰還した。


§


「すみません。俺、嘘をついてました」


 避難所の一角、人気のない廊下にて。

 俺は尚人の両親を目の前にして、辛い真実の言葉を声にする。


「本当は……尚人はもう……」

「そんな……嘘でしょう? 嘘だと行ってよ、ねぇ」

「すみません」


 そう告げると尚人の母親は泣き崩れてしまった。

 当然だ。

 俺の言葉で尚人の両親から希望を奪った。

 息子とまた生きて会うという将来をここで完全に断ち切り、現実を突きつけたんだ。

 俺も辛いけど、尚人の両親はもっと辛い。比較にならないくらいに。

 なんと声を掛ければいいか、言葉が思いつかなかった。


「……これ、尚人の形見です。これしか取り返せませんでした」


 絞り出した言葉と共に、血に染まった学生服の切れ端を渡す。

 両手でしっかりと受け取った母親は、また声を上げて涙を流した。

 とても話が出来るような状況ではなくなり、代わりに父親と目が合う。


「ありがとう、蒼空くん。キミのお陰で真実が知れた。私たちはもう帰らない息子を待たなくて済む」


 その声は涙で滲んでいた。

 堪えていた涙が溢れそうになるのを必死になって耐える。

 けど、ダメみたいだ。

 自分じゃもうどうにもできない。溢れ出して止まらない。


「最期に……最期に尚人はなにか言っていたかい?」

「それは……」


 化物。その言葉が脳裏を過ぎる。

 すこし考えて、結論を出す。


「一緒に……一緒に生き抜こう、なにがあっても。って、言って、ました」

「そうか……そうかぁ」


 最後の最後で俺は嘘を吐くことにした。

 その言葉はあの日、あの時、あの屋上で、俺が尚人に言って貰いたかった言葉だ。

 真実は墓場まで持って行って、この先一生誰にも話さない。

 この決意が揺らぐ日は来ないと確信を抱いている。

 これでよかったんだ。後悔はない。




――――――――――



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