第45話 謝罪

「うわ、マジか。空を飛んでる!」


 雲が近い、地面が遠い。

 瓦礫橋を使って屋根の上を移動したりしたけど、今はそれよりずっと高い位置にいる。


「ふふっ、びっくりしましたかー? ふわふわひらひら楽しいですねー」

「あぁ、それはそうなんだけど。落とさないでくれよ?」

「大丈夫ですー。私ほど空を飛んだ人はほかにいませんよー」

「まぁ、たしかに自力で飛べる人はいないだろうけど」


 それに真央は何週間か、複数の蝶々になって空を飛んでいた。ちゃんとした計算方法なのかはわからないけど、蝶々の数×蝶々になっていた時間だ。きっと誰にも抜けない記録になっただろう。

 果たしてほかに挑戦者が現れるか、という問題はさておくとして。


「見付けた! あそこだ。まだ戦ってる」

「急ぎますよー!」


 眼下に見えた詩穂は苦戦している様子だった。その足下では血と粘液が混ざり合い、赤く泡立っている。

 病気の悪魔の粘液が混ざると操れなくなるのか、いつもより扱っている血の量が少ない。それに病状も悪化しているのか動きが鈍かった。

 咲希と凜々はまだ来ていない。一人だ。そんな詩穂の元へ、急降下して向かう。


「真央、下ろしてくれ!」

「はい。では、行きますよー!」


 タイミングを計り、握り合った手を離して地面に着地する。

 瞬間、不快感が肌を撫で、体が再び病に冒された。


「悪い、遅れた」

「平気よ。来てくれるって信じてたわ」


 粘液で雷撃は効果がない。なので、つい先ほどそうしたように近くの瓦礫を投げ飛ばそうとした矢先のこと。


「むん!」


 天空を舞う真央が蝶々の羽根を羽ばたかせ、突風を巻き起こす。凄まじい勢いの風は病気の魔物から粘液を吹き飛ばし、乾燥させて枯らしてしまった。

 なるほど、真央はこうやって病気の魔物を斃したのか。


「詩穂!」

「えぇ!」


 稲妻が駆け、血の結晶片が飛ぶ。

 焼け焦げ、貫かれた病気の魔物はその場で絶命し、空気が急激に澄んでいく。


「斃した、のね」

「やりましたー! いえーい!」


 三人で三角形になってハイタッチを交わし、作戦成功の喜びを分かち合う。


「あーらら、もしかして終わっちゃった感じ? 急いで駆けつけたんだけどなー」

「いいことだよ。みんなお疲れ様! ちょっと体が怠いけど、これで病気がなくなったはずよ!」

「そうね。急いで犀川さんのところへ戻りましょう」

「では、一等賞を決めましょー。よーい、どん! それー!」

「あ! 空を飛ぶのはずるいぞ! 真央!」

「わあ! なにそれ! 真央って飛べるの!?」

「蝶々って凄い!」


 先行する真央を追って犀川さんが待つ高機動車へと向かう。

 真央が突然初めた一等賞を決めるかけっこは、ただの遊びかと思ったけれど、意外と理に適っていた。

 炎の魔物がそうだったように病気の魔物に縄張りを奪われていた魔物たちが取り返さんと集結してくる可能性が大いにある。

 空気が正常に戻った今、俺たちはすぐにでも現場から離れる必要があったんだ。

 お陰でほかの魔物とは一度も遭遇することなく、俺たちは無事に高機動車まで戻って来られた。


「一等賞ー! やりましたよー」

「飛ぶのはずるいって真央」

「わ、私もうへとへと」

「私も……すこし息が……」

「みんな大丈夫か? 俺もちょっと走るのが辛いけど……」


 ぴんぴんしているのは空を飛んで移動した真央と、元々体力に自身のある咲希だけ。炎の魔物と予想外の戦闘があったとはいえ、俺ももうちょっと体力を付けないとな。


「戻られたんですね」

「犀川さん」

「よかった。これで私の役目をまっとうできる。おかえりなさい、皆さん」


 俺たちは顔を見合わせて声を揃えた。


「ただいま!」


§


 かくして避難所を襲った流行病は終息した。

 病で追った身体的なダメージはなくならないが、症状が軽度だった人はすぐに復帰でき、重傷だった者も順調に回復しているそうだ。今回の件が原因での死者は一人もでなかった。

 そうして医務室の隔離が解除され、マスクが不要となった頃のこと。

 凜々が給水所で水を配っていると、例の、錯乱したように怒鳴り散らしていた男性が現れた。


「……病気の原因は化け物で、キミたちが退治してくれたと聞いた」

「は、はい」

「……すまなかった。この通りだ」


 彼は深々と頭を下げた。


「キミたちのお陰で娘が助かった。今朝、立って歩けるくらい回復したんだ。それなのに俺は、あんな酷いことを」


 声は震え、瞳からは涙が零れている。

 深い後悔と本心からの謝罪の意が、その声には宿っていると思った。

 それでも許せないという気持ちはまだ俺の中に残っている。けど、この謝罪について何かを言う権利があるとすれば、それは当事者の凜々だけだ。


「顔を上げてください」


 ゆっくりと、彼の視線が持ち上がる。


「はい、どうぞ。持って行ってください」

「……ありがとう」


 凜々はいつもと変わらない様子で、給水所としての役割を果たす選択をした。

 本人が許すと決めたのならそれが一番いい結末だ。


「ふぅー……よし、頑張らなきゃ!」


 今の凜々は憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。



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