第44話 陽炎

 出し惜しみはなし。

 稲妻を纏い、腰に吊していたワイヤーロープをすべて磁力で解く。編み上げるのは鋼鉄の鞭。鉄の魔物の装甲すら引き裂いた一撃を炎の魔物に見舞う。

 弧を描き、音速を超え、吹き付けられた火炎を斬り裂く。

 だけど、打ち付けた瞬間にバラバラにほどけてしまう。


「くそッ」


 熱せられたワイヤーロープが磁力を受け付けなくなり、音速を超える勢いも相まって鞭の形を保てなくなった。攻撃は通ったが、これじゃまともなダメージにはならない。


「相性最悪だッ」


 天敵かも知れない。

 ワイヤーロープの鞭は大した攻撃にならず、刀も同じ理由で攻撃手段になり得ない。

 ひょっとしたらスキルが宿ったこの刀なら、炎に解かされずに斬ることができるかも知れない。けど、かも知れないでこの刀を溶かすわけにはいかない。


「これしかないか」


 刀を鞘に納め、磁力で周囲の瓦礫を掴む。一度火災に見舞われても溶け残った鉄は幾らでもある。これらを遠距離からぶつけて仕留めるしかない。


「やってやるよッ」


 稲妻を迸らせ、勢いよく瓦礫を投げつけた。一つ二つではなく投げた先から新しい弾を調達して絶え間なく撃ち続ける。

 それを炎の魔物は軽々と躱し、更には曲芸でもするかのように、投げ飛ばした瓦礫を伝って俺の頭上を取った。


「嘘だろ」


 太陽を背景に、魔物は自らの炎で爪を形作る。それは容易く瓦礫を焼き切ると、真っ逆さまに落ちてきた。

 まともにうければ骨まで灰になるのは確実。落ちてくる五条の火閃を飛び退いて躱し、追撃の爪撃を紙一重で回避する。

 爪の先が眉間を掠めそうになり、散った火の粉で前髪が焦げた。

 目は一瞬で乾燥し、瞬きを余儀なくされる。熱気で肌が焼けそうだ。

 更に炎の魔物による攻撃は重ねられ、回避の予知が削られていく。

 これ以上は到底、躱し切れない。


「だったら!」


 浮かべていた瓦礫の一つを選択。

 投げるのではなく、大きな仮想の腕で掴み殴りつけるように振るう。

 側面からの瓦礫による殴打。炎の魔物はこれをまともに受けたが、信じられない膂力で踏み止まる。瓦礫をその身で燃え上がらせ、磁力を奪おうとさえした。

 だから、その思惑通りになる前に畳みかける。重機。ショベルカーを頭上から叩き付けた。砂埃と地面を揺るがすような震動を伴い、ショベルカーは静止する。

 終わったかと思ったが違った。


「マジかよ」


 ショベルカーは五等分に焼き切られ、炎の魔物が砂埃の中から現れる。

 でも、攻撃は無意味じゃなかった。


「腕一本だけでもよしとするか……」


 炎の魔物の左腕に相当する部位がねじ曲がって折れている。

 血や傷を自らの炎で焼いているのか、出血らしい出血は見て取れない。

 けど、あの左腕はもう使い物にならないはず。

 優勢。優勢だ。

 だから、早く。

 焦る思いが、俺の視野を狭くした。

 それがなんだったのかはわからない。ショベルカーを焼き切った際に破片を握り込んでいたのか、土埃の中で拾ったのか。とにかく炎の魔物は握り込んだ、煮えたぎる溶けた鉄を撒き散らした。

 すぐに瓦礫で遮断した。視界ごと塞いだ。すぐに瓦礫を退かしたがもう遅い。炎の魔物の姿がない。見失った。


「どこに――」


 あるいは俺に焦りがなければ、冷静だったなら、見破れていたかも知れない。

 炎の魔物はどこにも行ってはいなかった。ただそこに居続けていた。

 陽炎。

 照りつける日差しと火炎が作り上げた光の屈折が炎の魔物を隠していた。


「しまっ――」


 気付いた頃にはもう遅い。炎の魔物はすでに目と鼻の先にまで迫っている。

 これもあるいはの話だが、体調が万全だったならここからでもまだ対応が間に合っていたかも知れない。

 体が思うように動かなかった。スキルの恩恵で反射神経が俊敏になっていても、病に蝕まれた体がそれに追い付けない。

 逃げられない。躱せない。防げない。

 死。


「くそ」


 辛うじて吐いた言葉が火炎に焼かれて灰になる。

 炎の爪が振り下ろされた。


「蒼空さん!」


 瞬間、透明な刃が炎の魔物の腕を切り落とす。なにが起こったのか理解できない。理解する時間が勿体ない。

 悲鳴を上げた炎の魔物に雷撃を見舞い、雷鳴がその身を吹き飛ばす。

 両腕を失い、地面に背中をつけた。

 すぐには起き上がれない炎の魔物に、再び重機の鉄槌を。

 第二のショベルカーが今度こそ押し潰す。火種は消えて鎮火した。


「今のは……」


 見上げた青空に蝶々を見る。

 綺麗な翅をひらひらと羽ばたかせた、あれは真央?


「大丈夫ですか? お怪我は?」


 ふわりと地面に下りたのはやっぱり真央だった。

 この声、この話し方、間違いない。

 真央の背中から蝶々の翅が生えている。


「お陰様でなんとか無事だよ。ありがとう、助かった」

「そうですかー。ほっとしましたよー」


 真央は一人で病気の魔物を斃して、ここに来てくれたんだな。

 本当なら俺が援軍にいくはずだったのに。情けない限りだけど、思ったよりも真央が強くて助かった。嬉しい誤算だ。


「それが話してたスキルか」

「はいー。お空も飛べるし、鎌鼬も出せるんですよー」


 あの透明な刃の正体は鎌鼬か。

 蝶々の羽ばたきが台風を巻き起こした。


「時間がない。すぐに詩穂のところへ行かないと」

「そうですね。では、お手をどうぞー」

「手を?」

「はいー。お空の旅にご招待しましょー」

「へ? うわっ!?」


 俺の手を取った真央が翅を羽ばたかせて舞い上がる。

 人生で初めて空を飛んだ。

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