第46話 物資

 避難所を襲った流行病が過ぎ去り、その痕跡すらも消えかけた頃。

 俺たちは岸辺さんに声を掛けられ会議室に集まっていた。


「物料投下、ですか?」

「あぁ、航空機から貨物や装備を落として目的地に届けることだ。これが成功すれば必要な医療品や装備、食糧が手に入る。要請してから時間が掛かったが、なんとかやってくれるそうだ」

「それはいい話ですけど、でも航空機が来るなら」

「あぁ、言いたいことはわかる。俺たちも交渉したが救助は無理だった。乗組員が危険に晒されるし、ゾンビ化の条件がまだ明確じゃない以上、ここの人たちを東京へは連れていけない。物料投下が最大限の譲歩だと言われたよ」

「そう……ですか」


 航空機で避難所のみんなを乗せれば、まだ安全な東京に行けると思ったけどダメか。

 でもゾンビ化の心配がないとわかれば救助して貰えるかも。

 いや、逃げられたとして果たして助かるのか? 東京はまだ無事だというけれど、それがいつまで続くかはわからない。

 ダメだな。思考がネガティブに寄りすぎてる。切り替えないと。

 とにかく、この生活はまだまだ続く。気の遠くなるような話だけど、俺たちも自衛隊に強力しないと。避難所の生活は自衛隊の人たちの尽力で成り立っているんだから。


「この話を私たちだけにしたのは、ほかの人たちには聞かせられないからですね」

「今のキミたちのように期待させてしまう。それが大きな落胆に変わるのは避けたい」


 避難所の雰囲気が悪くなるとまた流行病の時のようなトラブルが起こりかねない。

 あんなのはもうこりごりだ。


「じゃあ、あたしたちの役目は落ちた物資を回収すること?」

「正解だけど、キミ達にはその前にやってもらいたいことがある。制空権の確保だ」


 テーブルに地図が広げられる。

 何度も折り畳まれては広げられて使い込まれたもの。折り目の部分が剥げているし、はしのほうはすでに破れている。書き込みも随分と多くなった。

 これにももうすぐ寿命が来そうだった。


「ここに鳥の魔物の巣がある。デカい魔物だ、人を掴んで飛べそうなくらいのな。こいつらがいる限り、空の安全は確保できない」


 鳥。怪鳥。

 世界が崩壊した日、俺が初めてスキルを使って斃した相手。

 初めて喪失を味わった相手。

 実はこれまでにも見掛けたことはあった。同一個体ではたぶんないのだろうけど、目にするたびに悲しい気持ちが込み上げてくる。

 今までははるか遠い空で飛んでいるのを眺めることしか出来なかった。そいつらの巣を潰す。かつての友達の仇討ちだ、思わず握り締めた拳に力が入った。


「この巣を取り除かなきゃ航空機は出せないと言ってる。今回は俺たちも万全の状態だ、一緒に戦おう」

「はい!」

 

§


「物料投下かー、なにが入ってるんだろ? えーっと、医薬品に食糧に装備だっけ」

「医薬品の中にはインスリンも入っているはずよ」

「そろそろ手持ちのインスリンの保存が利かなくなると言っていましたからねー」

「そっか。それなら、あの子のためにも頑張らないとな。特に凜々は」

「はい! アウトレンジは私の得意分野ですから! 鳥でもなんでも撃ち落としちゃいますよ!」

「でも凜々が調子に乗ると大抵失敗するからなー」

「ふふ、そうだったわね」

「一人で突撃してはすぐに被弾してましたよねー」

「い、今は違うから! ちゃんとできるもん!」


 たしかにサバゲーと実戦は違うし、幾ら調子に乗っていても無謀なことはしないはず。

 俺はサバゲーをしていた頃の四人を知らないし、断言することは出来ないんだけど。

 大丈夫だよな? 本人もそう言ってるし。

 四人と別れていつものソファーへ腰掛けてどっかりと背もたれに身を預ける。


「吹っ切れたと思ったんだけど」


 やっぱりというか、案の定というか。

 たったの一ヶ月強程度で乗り越えられるほど、友達の死は軽くなかった。あるいは、友達の仇を討って初めて克服できるのかも知れない。

 化け物。

 尚人の言葉が頭の中で反響する。

 酷い言葉だ。友達に対して言う言葉かよ。馬鹿野郎が。

 あの時俺から離れなければ、あるいは助かったかも知れないのに。いや、当時の俺じゃ二人同時に殺されるのが関の山か。


「……仇は討ってやる。必ずな」


 酷い言葉を言われたって、謝罪がなくたって構わない。俺たちは友達だった。

 あの日から始まった因縁に決着を付けよう。怪鳥を斃して、それで尚人のことは今度こそすべて終わりにするんだ。


§


 それは物料投下の話を聞いた、その翌日のことだった。

 この避難所に新たに避難してきた人たちがいた。その数は五名ほど。物資調達に出向いていた自衛隊の人たちが見付けたらしく、保護したそうだ。

 避難所についた人たちはみな一様に安堵した表情を浮かべている。

 その中に家族がいないかとも期待したけど、いなかった。やっぱり別の避難所にいるか、それとも。


「蒼空くん? あなた蒼空くんよね!?」


 ふと名前を呼ばれて視線を持ち上げる。目の前にいるのは大人の男女二人。どうして俺のことを知っているのかと首を傾げたが、直後に思い出した。

 汚れ、やつれて最初はわからなかったけど、俺はこの人たちを知っている。


「尚人は!? 尚人は無事なの!?」


 尚人の両親だ。

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