第35話 鉄の魔物

「岸辺さん。今のでほかの魔物にも気付かれました。どっと押し寄せてきます。すぐに怪我人と凜々たちを連れて逃げてください」

「……蒼空。キミはどうする」

「ここに残ってあいつの相手を」

「まさか一人で相手するつもり!? 無理だ、あたしも残る!」

「他に人型がいたらどうする。その時は咲希だけが頼りだ」

「で、でも」

「咲希。蒼空の言う通りしましょう」

「詩穂!?」

「百道さんと片山さんを守りながら移動するには私たちのスキルが必要なの。それに守ってくれるんでしょう? 私たちのこと」

「あぁ、もちろん」

「その次は私たちが蒼空を守る番。だから、必ず生きて帰ってきて」


 そんなことを言い合ってたっけ。


「わかったよ。さぁ、行った行った! 魔物が集まってくる前に」


 壁の穴の向こう側で二つに斬り裂かれたベッドが高く跳ねる。立ち上がった鉄の魔物に目はなく頭部が装甲に覆われているが、視線があった気がした。鉄の魔物がこの医務室に侵入する前に、こちらから攻めに掛かった。


「必ず生きて犀川さんの所へ戻れ!」

「はい!」


 岸辺さんの言葉を背中に受けながら鉄の魔物を磁力で掴む。

 しかし、動かせない。


「ステンレスかよ」


 しようなくこのまま肉薄して鉄の魔物に一撃を見舞う。甲高い音が鳴って、同時に繰り出された鉄爪と弾き合う。火花が舞い、稲妻が散る。その場で攻撃の応酬を繰り広げ、互いに一歩も譲らない。

 けど、攻撃の精密さではこちらが上手だ。

 スキルの恩恵を得て鉄の魔物の攻撃を見てから躱し、足下のベッドの骨組みを磁力で操る。連想したのはトラバサミ。二分されたベッドの骨組に噛み付かせ、その身動きを封じ込めた。

 今なら攻撃が通る。その確信を原動力に刀に流す稲妻の出力を最大限に引き上げる。このまま薙ぎ払えば鉄の塊とはいえ首を刎ねられるはず。

 だが、その目論見は鉄の魔物の前進から伸びた無数の棘によって阻まれる。


「いっ!?」


 頬や体の数カ所を掠めた鋭い棘。ベッドの骨組みを貫いて全方位に向けられた無数の刺突が剣撃を踏み止まらせた。あと一歩でも踏み込んでいたら串刺しだった。スキルの恩恵で見てからの反応が間に合っていなかったらと思うとぞっとする。

 即座にその場を離れて体勢を立て直そうとしたが、畳みかけるように鉄の魔物の追撃がくる。

 否応なく対処を迫られた刹那、飛来した水の弾丸が鉄の魔物を大きくよろめかせた。


「凜々!」

「待ってますから!」

「あぁ!」


 よろめいた所へすかさず攻撃を見舞う。

 磁力でこの場にある鉄製のロッカーを掴み、フルスイングでぶっ飛ばす。宙を舞った鉄の魔物はその身で窓ガラスを割って棟の外へ。俺もその後を追い掛けて青空の下に身を晒した。


「あの棘が面倒だな」


 棘は伸縮自在のようで、鉄の魔物はそれを引っこめながら立ち上がる。俺が接近戦を仕掛ければまたハリネズミかヤマアラシの如く棘を伸ばすに違いない。刀で挑むのは少々、分が悪い。

 かと言って、先ほどのように磁力で物をぶつけて吹き飛ばしても、あまりダメージになっていないような気がする。

 ぶつけるならもっと威力のあるものじゃないと。


「それなら」


 再びこちらに向けて地面を蹴った鉄の魔物に対して、こちらは磁力で近くの自動車を掴む。ボールのように自動車を投げつけて押し潰しに掛かるが、鉄の魔物は軽々とバンパーに足を掛け、そのままフロントガラスを駆け上がり、屋根を踏みつけて跳び越える。

 頭上で伸びる無数の棘。

 舞い落ちる串刺しボディープレスを転がるように後方に回避。鉄の魔物は地面に突き刺さった棘を直ぐに引っこめて鉄爪を大振りに振るい、地面に爪痕を刻みながら迫り来る。

 近づかれたらまた棘の攻撃が来てしまう。とにかく今は距離を取ることに専念し、鉄爪を躱し続ける。


「しまッ――」


 逃げることに必死になって、背後に壁があると気付かなかった。躓いたように背中をぶつけ、足が止まる。

 その隙を突くようにして肉薄した鉄の魔物が棘を伸ばした。全方位に向けた攻撃、回避は間に合わず、防御の術もない。

 明滅する稲妻の只中で思考が巡る。

 明確な答えが頭に浮かんだ訳じゃない。無意識に、反射的に、体が動く。生存本能に突き動かされるように、刀の鋒を鉄の魔物へと向けた。


「飛べ」


 俺の言葉を理解したように、手の内から刀が飛ぶ。

 射出された刀は伸びた棘を切断して胴体にまで到達し、その勢いのまま鉄の魔物を吹き飛ばす。ゼロ距離射撃とでも言うべきか。手の内で迸る稲妻が刀を弾丸として放った。

 直撃を受けた鉄の魔物は向かい側の棟へと叩き付けられる。今もなお帯電する刀は鋒だけを鉄の装甲に埋め、赤熱させている。

 あの距離で、あの威力で、あの程度。鉄の魔物に刀を掴まれる前に手元へ引き戻す。


「まさか無敵だなんて言わないよな」


 攻撃の悉くが軽傷で終わる。表面を撫でているだけで命にまで届かない。

 通常の攻撃では威力が足りず、自動車では速度が足りない。

 どうすればいい。どうやって斃す。

 思考は巡り、稲妻は明滅する。


「……そうか」


 赤熱も冷め、鉄の魔物が再び動き出す。真正面から戦車のように突っ込んでくる様子を見据えながら、俺は再び稲妻で磁界を発生させる。同時に手持ち全てのワイヤーロープを解いた。

 磁力によって互いを求め合うように絡みつくワイヤーロープ。編まれ、繋がれ、紡がれるのは鋼鉄の鞭。柄を握り締め、磁力を伴い、薙ぎ払う一撃は音を置き去りにする。

 音速を超えた一撃が斬り裂くように鉄の魔物を打つ。遅れて鳴り響いた弾けるようなけたたましい音と共に、身に纏う鉄の装甲に千切れたような亀裂が走った。


「これなら行けるッ!」


 間を置かずに畳みかける。

 この鋼鉄の鞭なら速度と威力の両立が可能だ。ワイヤーロープの強度としなやかさに加えて磁力による補強。跳ねた鞭の先が磁界によって更に跳ね返される自己保護。扱いが難しいが、それでも鉄の魔物を圧倒している。

 幾度となく鞭を打ち込み、鉄の装甲は紙切れのように引き裂けた。

 だが、鉄の魔物もやられっぱなしで終わらない。


「――掴まれっ」


 被弾覚悟で鞭打を受け止められ、先を握られた。鉄爪に雁字搦めに巻き上げられ、押しても引いても解けそうにない。更に鞭を手繰り寄せ、俺から奪おうとする。


「そんなに欲しいなら、くれてやるよ!」


 鉄の魔物に対して唯一有効な攻撃手段を自ら手放す。一件、悪手に見える一手でも、これが勝敗を分ける決め手になる。

 手放した瞬間、磁力で繋ぎ止めていたワイヤーロープを反発させた。一気に弾け飛んで散らばり、原形を無くした鋼鉄の鞭。そこから再び磁力の力を反転。散らばったワイヤーロープ同士が引き合い、幾重にも折り重なって鉄の魔物を拘束する。

 こうして縛り上げれば為す術はない。


「無敵のお前でも」


 逃れようと全身から棘が生えるも、隙間を突くばかりで拘束は続く。


「こうすれば終わりだ」


 ワイヤーロープの隙間から突き出た棘を焼き切り、その首筋に一撃を見舞う。

 稲妻の出力はすでに最大。稲光の刃が火花を散らして鉄の装甲を断ち切り、その首を刎ね上げる。赤熱した首がごとりと落ちて、頭部を失った胴体が崩れ落ちる。

 鉄の魔物はここに散った。

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