第36話 装甲
「これで凜々たちに合流――」
派手に暴れすぎた。鉄の魔物を斃したのに、今度は戦闘音に引っ張られてきた大量の魔物たちが押し寄せて来ている。あの波を突破しないことには犀川さんの元に帰れない。
「……行けるか?」
世界がこうなってから命の危機には慣れっこだ。だけど、流石にあの押し寄せる魔物の数は絶望感がある。突破を試みたとして果たして生きていられるかどうか。
「いや、行くしかない」
どうせ逃げ道もないんだ。なら、精一杯抗って見せよう。
首無し死体を縛り付けているワイヤーロープを磁力で操り、再び鞭を編み上げる。左手に鋼鉄の鞭、右手に帯電する刀を携えて魔物の群れに一撃を見舞う。鋼鉄がしなり、最前線を薙ぎ払った。
「強行突破だ!」
魔物がこちらに近づく前に鞭打って魔物を打ち殺し、攻撃の間隙をすり抜けてきた個体を帯電する刀で切り伏せる。磁力で掴み取った自動車を投げつけ、棟の中から引き抜いたテーブルを弾き飛ばす。
一秒ごとに死体が増え、地面が紅く染まっていく。
「いッ――」
ただそれでも多勢に無勢だ。いくら攻撃しても、身を守っても、それをすり抜けてくる魔物がいる。鋭い爪に背中を抉られ、熱の篭もった痛みが全身を駆け抜けていく。
「このッ!」
刀を薙いで切り払っても、今度は右脚に激痛が走る。噛み付かれたのだと目で見て理解した瞬間、身に纏う稲妻の出力を引き上げで口腔を焼き尽くす。だが、この足ではもう走れない。
スキルの恩恵で攻撃を見切れても、数の暴力に押されてしまう。
「だと、しても!」
血で濡れた地面に手を突き、稲妻を流し込んで周囲の魔物を一掃する。
息が苦しい。心臓が痛い。傷が脈打つ。視界が眩む。耳が篭もる。舌が乾く。
思い知らされる。
スキルを得て、仲間を得て、ひょっとしたら自分が特別な人間なんじゃないかとか。そんな心のどこかで思っていた思い上がりが間違いだったと突きつけられる。
俺はなにも特別なんかじゃない。ただスキルが身に宿ったただの高校生だった子供だ。いまここで死んだってなにも不自然なことじゃない。むしろただの高校生がよくここまで生き残ったものだと褒められたっていいくらいだ。
俺は恵まれていた。ただそれだけでここまで生き残った子供だ。正直ここまでだと思ったけれど、運は尽きていなかったみたいだ。
「蒼空!」
俺を呼ぶ声。鳴り響くエンジン音。宙を舞う魔物たち。数多の魔物を蹴散らしたのは、血の結晶で武装した高機動車だった。
助けに来てくれたのか。
「蒼空くん!」
血の結晶の一部が液体に戻り、高機動車のドアが開く。
差し出された手を握り締め、引き込まれるようにして車内に乗り込んだ。
「乗りました!」
「よし! 頼みましたよ、犀川さん!」
「お任せを」
回転するタイヤが音を鳴らし、それは魔物たちの断末魔の叫びに変わる。
血の結晶で武装した高機動車は障害物を物ともせずに突き進み、押し寄せる魔物の波を正面から強引に突破して見せた。
「このまま避難所へ帰還します」
「流石だぜ、犀川さん!」
唸りを上げ、血飛沫を上げ、紅く染まった高機動車が駐屯地を抜ける。道路に飛び出せばこっちのもの。追い立てる魔物の群れを振り切るのは容易く、あっという間に安全が確保された。
「助かっ……た」
気が抜けて緊張の糸が切れたのか、全身から力が抜ける。指一本動かせない。
「蒼空くん!? 詩穂ちゃん!」
「わかってる! すぐに傷を塞ぐから!」
「おいおいおい! 死なせるなよ! 急いでくれ犀川さん!」
「わかってます!」
音が篭もっている。水の中にいるみたいだ。なにを言っているんだ? よく聞こえない。けど、まぁいいか。眠気がする。意識が遠のく。このまますこし眠ってしまおう。
いつしか音も聞こえなくなり、静寂の中に沈んでいく。
意識を手放した。
§
「ふぁあ……よく寝た」
「よく寝た、じゃないですよ。まったく。心配したんですからね、ホントに」
「ごめんごめん」
陸上自衛隊駐屯地から武器と薬品類を無事に回収してから数日が経った。詩穂のスキルのお陰で背中のひっかき傷と足の噛み傷はほぼ完治、感染症に関しても抗生物質を飲んで様子見の段階だ。
今のところ体に不調はないし恐らく問題ないとのことで、今し方無事に退院と相成った。医務室を出たから退室か? ともかく体は万全だ。
「お、退院したのか。調子よさそうで安心したよ、蒼空」
「お陰様でな。凜々から聞いたぞ、人型を斃したんだって?」
「まぁねー。蒼空と違ってタイマンで勝ったわけじゃないけどさ」
やっぱりと言うべきか、鉄の魔物以外にも人型の魔物がいたらしい。そいつは咲希を中心とした凜々と詩穂との連携で斃し切れたそうだ。やっぱり咲希を行かせてよかった。
「蒼空。もう大丈夫みたいね」
「ちょっとお時間よろしいですかー?」
「ん?」
歩いていた廊下の先で待ち受けていた詩穂と真央。その後ろには小学生くらいの女の子がいた。もじもじとしつつも勇気を振り絞ったようにして俺の前に来てくれたので、膝を折って視線を合わせる。
「あの……お薬、ありがとうございます」
「薬? 薬って」
ちらりと詩穂のほうを見ると頷いて返された。そうか、インスリンが必要なのはこの子だったのか。
「どう致しまして」
「えへへ」
すこし照れくさそうな笑みを浮かべて女の子は詩穂たちの元に戻っていった。命を張った甲斐があったと心からそう思える。片山さんと百道さんの怪我も大したことないと聞いたし、作戦は大成功で終われた。
一つ気がかりがあるとすればボイスのこと。鉄の魔物の乱入で話は途切れてしまったが、また接触はあるんだろうか?
まぁ、それは気にしてもしようがないか。
とにかく今は作戦成功を喜ぼう。
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あとダンジョン配信物の新作を書いてみたのでよければ読んでいただけると嬉しいです。
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