第28話 ラブホテル

 開きっぱなしの自動ドアを潜って通路を渡り、フロントに入ると早速ラブホテル特有のものが目に入る。部屋の様子が映し出されたパネルだ。本来ならここで部屋を選ぶらしいのだけど、生憎と電源が生きておらず画面は暗いままだ。


「これじゃどの部屋が空いてるかわからないな。適当に空けたらゾンビが入ってるかも。二人仲良く」

「よく知ってるのね、ラブホテルのシステムについて」

「……人伝に聞いたことがあるだけだよ」


 墓穴を掘った気がする。


「なぁ、蒼空。これ映るようにできない?」

「出来ると思うけど」


 パネルに手を当てて稲妻を流すとコードを介して監視カメラが生き返る。映像がこちら側に送られて来て開いている部屋が映し出された。


「半分ほど空いているみたいね。蒼空」

「あぁ、そうだな」

「映っていないのは使用中ということなんでしょうか? 蒼空さん」

「かもな」

「どの部屋がいいですか? 蒼空くん」

「……じゃあ、ここで」

「ふーん」

「その感じやめろ!」


 女子四人に完全にからかわれている。女所帯に男一人だとこう言う時、数的不利を取ってしまうのが難点だ。というか四人ともなんだか様子が変なように思える。この場に浮かされてないか?


「えーっと、部屋の鍵はこれとこれと……」


 受け付けから五人分の部屋鍵を出して各々が受け取っていく。


「じゃ、じゃあ行こっか」


 場の空気がそうさせるのか、誰も彼もがどこかぎこちない。

 こんな時ゾンビの一体でも出てくれれば場の空気が引き締まるのだけど、残念ながらここにいたであろうゾンビは出払っているか、使用中の部屋に閉じ込められているかで姿が見えない。

 未だかつてこんなにゾンビの出現を望んだことはなかったのに。


「この階だな」

「ゾンビや魔物が入って来られないように閉じておくわね」


 階段を登り切ってすぐ、上階及び下階からのアクセスが血の結晶によって断たれた。隙間なく閉ざされ、蟻の子一匹通れない。後顧の憂いが断てたところで、この階の安全を確認。魔物は一体もおらず、ゾンビはみんな鍵の掛かった部屋の中にいた。

 ゾンビは自ら鍵を開けられるほどの知能も残っていないけれど、念のためだとこれらの部屋も血の結晶で封鎖された。


「じゃあ、なにかあったら大声で呼ぶってことで」


 フェンスで包んだクーラーボックスは部屋に入らないので廊下に置くことにして、各々が自らが選らんだ部屋の前につく。


「えぇ」

「それじゃ」

「はい」

「ではー」


 ばたんと扉を閉めて室内に入り、大きなため息をつく。

 この場所は危険だ。俺が最初に住処にしていた雑居ビルのほうがよほど安全なように思える。

 みんな場酔いでもしているのか、どこか落ち着きが無かった。たぶん俺も。高校生が、それも女四に対して男一でくるような場所じゃない。いや、どんな男女比だろうとダメだろうけど。


「熱中症のせいってことにしとこう、そうしよう」


 ここに来る途中にあったコンビニで調達した塩飴を口に投げ入れて、荷物をソファーの上に投げ捨てる。


「うわっ。そうか、掃除しないとか」


 荷物を投げた衝撃で埃が舞い上がり、窓から差し込む光でキラキラと輝く。

 世界が崩壊してから一ヶ月ほど。それまで人の手が入らなかった部屋は、当然だけど埃が積もる。清掃員の存在がありがたいものだと改めて思い知りつつ、部屋に倒れていた掃除機を拾い上げた。

 掃除中だったのかな。

 掃除機に稲妻を流して起動し、床に積もった埃を隈無く吸い上げた。掃除機が通った後は目に見えて綺麗になるもので、すこし楽しくも思えてくる。隅から隅まで抜けなく掃除し終わると今度はソファーに取りかかった。

 粗方の埃を掃除機の先の細いノズルで除去し、ウェットティッシュで仕上げ。


「綺麗になった!」


 ソファーに腰掛け、うんと伸びをする。


「はぁー……テーブルの上も拭かなきゃな。あとベッドをどうするか」


 換えのシーツとかどこかにあるのかな。


「しかし、暑い」


 掃除のために動き回ったせいか、余計にそう感じてしまう。体感だけど気温が三十度を軽く超えているような気がする。折角綺麗にしたソファーに汗が付くのは困る。


「空調は……あれか」


 ソファーを空調の配線が成されている側まで持っていき、腰掛けながら稲妻を纏う。こうすることでエアコンが息を吹き返し、冷たい空気を吐き出し始める。


「いいね。最高」


 しばらくこのままゆっくりしていよう。テーブルは気が向いた時に、ベッドは寝る前にどうにかすればいいや。

 どっかりと背もたれに身を預け、天井を見上げて目を閉じる。体に篭もった熱がすっと消えて行くようだ。しばらくこの心地の良い感覚に身を委ねていると、部屋の扉がノックされた。


「おーい、蒼空」

「咲希?」

「入っていい?」

「あぁ」


 緊急事態に備えて、直ぐに廊下に出られるよう鍵は開けっ放しにしてある。


「わぁ、涼しい! やっぱりあたしの思った通り」

「涼みに来たのか?」

「そ。あたしの部屋暑すぎてゆっくりしてらんないよ。折角、日差しから逃げてきたのに部屋の中で熱中症になったら意味ないもんね。というわけで、ごろごろさせてもらうよ。あ、床も綺麗! やったぁ!」


 ソファーに置いていた荷物を下ろすと、飛び込むように咲希が隣りに腰を下ろす。


「ソファー冷たーい。ね、ね、ほら」

「熱っ」


 頬に触れた咲希の手が驚くほど熱い。


「大丈夫なのか?」

「あはは、蒼空が冷たいんだよ」

「そう言えば肌寒いような。リモコンは」

「ダメダメ。もうちょっとこのまま!」

「あ、こら」


 咲希とソファーの上でリモコンの取り合いをしていると体が熱くなってきたので現状維持ということになった。咲希の言いようにされた気がするけどまぁいいか。


「あれ? でも咲希って冷気出せるよな?」

「あぁ、あたしもそう思って吹雪かせてみたんだけど、雪が解けて部屋がびしょびしょになっちゃったんだ。そのまま続けてもよかったけど、そしたら今度は氷の中にいなくちゃだろ? 今度は凍死しちゃうよ」

「もっと賢いやり方があったような気がするけど……まぁいいか」


 初めては色々と勝手がわからないものだし、失敗してもしようがないか。

 思ってたのと違う! って状況は往々にしてあることだし。

 というか、あれ? 咲希が熱さに耐えかねて来たってことは。


「蒼空くん! ちょっといいですか?」

「あぁ」


 予想的中。返事をすると部屋の扉が開いて凜々が現れた。


「わぁ、涼しい! あ、咲希ちゃんが抜け駆けしてる!」

「あちゃー、バレちゃったか」

「咲希がいるなら私たちもいいでしょ? 蒼空」

「いやとは言わせませんよー」

「わん!」


 続々と集結し、この部屋に全員が集まってしまった。なんのために部屋を分けたのやら。あれ? なんでだっけ? まぁいいか。


「シーツ、洗濯しちゃいますね」


 水球の中にベッドシーツが洗剤と共に投げ込まれて渦を巻く。誰も使っていなかったとはいえ一ヶ月分の汚れで水質が瞬く間に濁る。あれの上で眠ろうとしていたのかと思うとぞっとした。


「スキルで水分を奪ったので部屋干しでもすぐ乾きますよ」

「ありがと。助かるよ」

「いえいえ、私もこの涼しさで助かってますから」


 ちらりと外を眺めて見ると、チキンが焼けそうなくらい日差しが強い。フライパンを窓から出しておけば本当に目玉焼きくらいは出来そうだ。窓を開けると熱風に煽られるので実際にやったりはしないけれど。


「では、みなさん。トランプをしましょう! 負けませんよー」


 ガラス板で出来たテーブルが綺麗に拭かれ、その上にトランプが散らばる。

 暇つぶしの定番はカードゲームやボードゲーム。最初のほうが娯楽がなさ過ぎてしようがなく始めていたけれど、やってみると白熱するのが勝負事だ。お互いのお菓子を賭けての攻防は中々どうして面白い。

 ソーシャルやコンシューマーのゲームがなくても人はそれなりに適応できるみたいだ。

 そうして時間は過ぎ、日は落ちる。


「おっと、もうこんな時間だ。朝の涼しいうちから移動しないとだから、今夜はこのくらいで」

「あ、ずるいぞ、蒼空。勝ち逃げだ! boo! boo!」

「時間の管理を怠ったのが敗因だよ。ほら、歯磨き歯磨き」

「ちぇー」


 洗面器を交代で使い、最後に俺がコップを片手に歯を磨く。歯医者もいないから虫歯になったら抜くしかない。丁寧に時間を掛けて磨かないと。


「あれ?」


 そう言えば四人はどこで寝るつもりなんだ? この部屋だよな? 夜になったとはいえ暑いことに変わりはないし。唯一冷房の効いたこの部屋から追い出すような酷な真似はできない。

 でも、そうなると。


「思い出した……ここラブホじゃん」


 ラブホの一室に女四男一で一晩過ごすだって? なんのための部屋分けだ、これじゃまるっきり意味がない。それでも暑さや熱中症のことを考えると出て行けとは言えないけど、どうするんだこれ。

 歯を磨く手がこんなに震えたのは初めての経験だった。

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