第27話 最後の一人
「あ、帰ってきた」
「そっちはどうだった?」
拠点に戻ると二人に出迎えてもらえた。
「二羽捕まえた。苦労したけどな」
ログハウスでの一件を俺は話すことが出来なかった。
彼らを捕まえることも、自衛隊に引き渡すことも、出来たかも知れない。
でも、そんな警察の真似事を俺たちがしてもいいものなのか? 生きるためとはいえ物を盗み、ゾンビや魔物を殺している俺たちが、この時ばかりは正義面をして人を咎めていいものなのか?
彼らも生きるために必死にならざるを得なかったのに。
そう考える一方で逃がしたあの二人が別の人を襲う可能性があると、やはり咎めるべきだったと思う自分もいる。
なにが正解なのか俺にはわからない。この場にいるのが俺じゃない誰かだったら、あるいは明確な答えが出せていたのかも知れない。でも俺にはそれが出来なかった。
だから楽なほうを選んだんだ。
拘束した二人をみんなのいる拠点や、家族がいるかもしれない避難所に連れて行きたくなかったし、道中でゾンビや魔物から守りたくもなかった。
結局、俺はあれやこれやと言い訳を並べるばかりで、あの二人とこれ以上関わりたくなかったんだ。
こんな格好の悪い話、二人には出来ない。
「そう、よかった。これで十五羽ね」
テレビ前のテーブルには虫かごが並べられ、そこに今回の二羽も加える。
「切りのいい数字だし、ここらで一回試してみない?」
「そうね、呼べば集まるから虫かごに入れ直すのも簡単だし、いいと思うわ」
「じゃあ、出してみよっか」
各々、虫かごを手にして蝶々を放す。十五羽の蝶々がひらひらと舞いながら、互いに引かれ合うように集まっていく。その光景は見ていて綺麗なもので、一塊となると発光し始めた。
「おお!?」
それは少しずつ人の形を作り、輪郭が明確になる。形が定まると共に光も収まり、俺たちの前に一人の少女が現れた。
「ふぅー……皆さん、ありがとうございます。
真央は非常におっとりとしたしゃべり方をしていた。
「真央!」
「真央ちゃん!」
咲希と凜々が抱きつき、ウェーブの掛かった長い髪が揺れる。
「よかった。本当によかったよ!」
「また四人揃えて嬉しい!」
「ふふ、私もですー」
真央は二人を抱き締め返した。
「詩穂さんも、私とハグしましょー」
「えぇ、喜んで」
詩穂とも抱擁を交わした。
「それから蒼空さんもー」
「俺も?」
「はいー。私に気がついてくれましたからー。ぎゅー」
身を寄せられ、密着し、背中に手を回される。どうすればいいかわからずにいたが、遠慮がちに真央の背中にぽんぽんと触れた。
「ふふっ。これで感謝のハグ、コンプリートですー」
「ようやくらしくなってきたなぁ」
「だね。ここまで長かったような、短かったような」
今日まで苦労の連続だった。あの日から一ヶ月が経とうとしている。よくここまで全員生き残れたもんだ。
「これまでずっと蝶々だったんでしょ? どんな感じだったの?」
「それはですねー。ふわふわ飛んで、とっても気持ちがよかったですよー。あと、お花の蜜がとても甘くてー」
「意外と満喫してたんだな、蝶々生活」
まぁ、苦しい思いをしていないなら、それに越したことはないか。
「なぁなぁ。折角こうして揃ったんだし、今日は奮発しようぜ!」
「そうだね。今日くらい羽目をはずしても罰はあたらないよね!」
「まぁ、そうね。今日くらいはいいわよね」
「ふふ、なんだか懐かしい感じがしますー」
なにはともあれ、これで凜々の友達捜しは完了した。
当初危惧していた友達のうち何名かの死亡は杞憂に終わり、こうして四人が一堂に会し再会を喜び合っている。この輪の中に尚人がいればと思ってしまったけれど、いい加減これも止めにしないとな。
尚人のことを忘れるわけじゃないけれど、後ろばかり振り返っていても先は見えない。これから歩む道がどれだけ荒れ果てたものだろうと前を向かないと。
俺たちはまだ生きているんだから。
§
「荷物はこれで全部か。少ないもんだな」
迷路の袋小路に衝立をしただけのプライベートルーム。すでに私物はすべて片付け終わっていてこざっぱりとしてる。背負ったリュックは思いの外軽く、まだまだ余裕がある状態だ。
あの日、屋上で目覚めた時から、暇を持て余すことが極端に少なくなった。
食糧を探し、寝床を探し、物資を探し、生きることに精一杯で暇な時間は体力の回復に費やした。以前は暇つぶしの道具がいくら有っても足りなかったし、携帯端末が手放せなかったって言うのに。
「そう言えば俺の趣味ってなんだっけ?」
日数が経ったとは言え、世界が壊れて一ヶ月程度だ。そんなに昔のことじゃないはずなのに思い出せない。
いや、たぶん思い出すまでもないことだったんだろう。将来の夢すらなかった俺だ、きっとその場しのぎの暇潰しに夢中になっていたに違いない。
「蒼空くん。準備出来ましたか?」
「いま行く」
衝立を退かして迷路を抜ける。玄関の側には四人がすでに集まっていた。冷蔵庫から運び出した冷凍肉をクーラーボックスに詰め終わったところみたいだ。
「これで全部?」
「はい。冷蔵庫もすっからかんです」
「よし、それじゃあ」
クーラーボックスの下には近くの公園から引っぺがしてきたフェンスが布かれている。それを磁力で操ることで風呂敷のようにしてクーラーボックスを包み込んだ。無理矢理曲げたことで金属が擦れる音が響き、ミカンが嫌な顔をした。
こうしておけば持ち運びが簡単なんだ、悪いけどちょっとだけ我慢してもらおう。
「これでいい」
「じゃあ……行く?」
「えぇ、行きましょう」
「そうしましょー」
拠点の扉を開けてまだまだ日差しの強い中に出る。五人揃って世話になった拠点に目を向けた。
「なんか、いざとなると寂しいよな。ここを出て行くなんてさ」
「咲希だって避難所のほうが安全だって言ってたじゃない」
「そうだけどさぁ」
「心配しなくてもまたいつでも戻って来られますよー。咲希ちゃんがホームシックになったらぎゅーってしてあげますからねー」
「あたしのこと小っちゃい子だと思ってる?」
「でも、咲希ちゃんの気持ちもわかるな。ここには沢山の思い出があるし。もちろん蒼空くんとの思い出も」
「この中じゃ俺が一番、馴染みが薄いわけだけど。それでも離れがたく思うよ、俺も」
きっと親元を離れる時ってこんな感じがするんだろうな。なんて、経験したことのない感覚に思いを馳せつつ、磁力を発生させてクーラーボックスを持ち上げる。
「行こう。厄介な連中に見付かる前に」
「ですね」
横目で拠点をなぞりながら、避難所に向けて歩き出す。咲希は最後まで拠点を目で追っていたけれど、とうとう見えなくなってしまった。住み慣れた家を離れて新天地へ。もう振り返ることはせず、真っ直ぐに目指した。
「にしても、あっつい。あ、自販機あるじゃん! 蒼空蒼空!」
「わかったって」
咲希に背中を押されて自販機の前へ。当然、電源が切れていて機能していない。そこへ俺が稲妻を流すと生き返ったように明かりが灯る。
「なににしようかなー」
「なにってこの猛暑の中、一ヶ月も放置されたんだ。水しか選択肢なくないか?」
「そうね。未開封のミネラルウォーターなら大丈夫かも、ってくらいだけど」
「えー! マジ? あたしスポーツドリンクが飲みたかったのになー」
「ミネラルウォーターにしても熱湯かな、この熱さだと」
「そんなー」
「落ち込んでしまった咲希ちゃんにはアメを上げましょうねー。はい、あーん」
「あーん。おしい」
真央からアメを貰って機嫌が直ったようで口の中でコロコロと転がしながら移動を再開する。俺も自販機から手を離してその後に続いた。
しかし、暑い。今日はいつにも増して暑い気がする。
「この暑さの中で十キロ歩くのはキツいな。今日中に辿り着くのは無理だ」
せめて影をとクーラーボックスを頭上に配置してみる。直射日光を防げるけど、正直焼け石に水かな。
「そうね。熱中症の危険もあるし、どこか休める場所があればいいのだけど」
「どこかってどこ? ホテルとか?」
「ホテルかぁ……」
「どうかしたんですかー?」
「いや、ホテルには嫌な思い出があって」
初めてゾンビに遭遇したのがホテルだった。あの時の恐怖に勝るものは未だない。あれからしばらくは夢に見たくらいだ。
「でも、この猛暑の中を歩くよりはマシだ。見付け次第、そこに入ろう」
それからうだるような暑さに耐えて四キロほど歩いた辺りのこと。
「見付けましたね」
「見付かったわね」
「見付かったな」
「見付かりましたー」
「いや、見付かったは見付かったけど」
目の前に聳え立つのは紛れもなくホテルだ。ホテルではあるのだけど。その外観はど派手な作りになっていて俺が想像する普通のホテルとはかなりデザイン性が違っていた。
というか、ラブホテルだった。
「ここに? 入るの? ホントに?」
「なーに照れてんだよ。行こうぜ、蒼空」
「ホテルはホテルよ、蒼空」
「じゃあ、えっと、お先に。蒼空くん」
「では、行きましょう。蒼空さん」
「意味深に名前を呼んで行くな! からかってるだろ!」
ずんずん進んでいく四人の背中を眺め、天を仰ぎ見る。容赦なく照りつける太陽に追い立てられるように俺も歩き出した。
まぁ、ただのホテルだしな。
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