第21話 作戦決行

 翌朝を待って俺たちは作戦実行のために件の十字路へと向かった。

 瓦礫と血の結晶による橋渡しによって比較的安全に目的地まで辿り着き、高所から現場を見下ろした。バスの位置は十字路の中心、周辺には乗り捨てられた自動車が多数。その位置関係からしてバスが抜け出せるルートは後方しかなさそうだ。

 やはり事前の打ち合わせ通り、岸辺さんにはバック走行でこの十字路を抜け出してもらうことになる。


「うへぇ、うじゃうじゃいるなー。なんなら画像で見たのより多くないか?」


 放置された多数の自動車を住処代わりにしているのか、魔物の数は尋常じゃない。ざっくりとした数すら見当が付きづらいくらいだ。百? 五百? 千? とにかく沢山。


「準備はいい? 凜々、蒼空、お願い」

「任せて」


 詩穂の合図を受けて凜々のスキルがこの周辺に雨を降らせる。晴天からの大雨に天を見上げる魔物も多い。雨粒の弾ける音が断続的に続き、すべての標的が十分に濡れた頃を見計らい、濡れた地面に稲妻を落とした。

 瞬間、波紋のように伝播して駆け抜けた雷撃が数多の魔物を感電させる。断末魔の叫びは雷鳴に掻き消され、ばたばたとその命を落としていった。


「これだけの数を一瞬で……」


 驚愕する岸辺さんだったが安心するのはまだ早い。当初想定していた通り、雷撃の中を生き残った人型の魔物が二体いる。片方は風を、もう片方は水を身に纏い、感電から逃れていた。


「予想の範囲内ね。出来れば外れてほしかったけれど」

「あたしたちがなんとかするよ。特攻隊長の出番だ! 行くぞ、蒼空!」

「格好の付けどころだ」


 屋根から飛び降りて自動車の上に着地、そのまま屋根を伝って風と水の魔物へと肉迫し、死体だらけの濡れたアスファルトに足を付ける。


「あたしが風のほうをやるよ」


 逆手に持ったナイフが火炎を纏う。


「なら、俺は水のほうを」


 抜刀した刃が雷を帯びる。


「時間稼ぎでいいんだからな、咲希」

「わかってるって。でも、斃せるならそれが最善でしょ?」

「まぁ、たしかにそうだけど」


 そう会話を交わしつつ、互いの相手とにらみ合う。

 俺たちがこの二体を引きつけている間に凜々、詩穂、岸辺さんはバスに向かっているはず。そちらに注意が行かないように派手に暴れないと。


「さぁ、やろう!」

「オッケー! 遅れは取らないぜ!」


 飛沫を上げて駆け、それに会わせてあちらも動く。放たれた水球を帯電刀で斬り裂いて、水の魔物に斬りかかった。


§


 小銃を構えた岸辺さんを先頭に私たちはバスへと辿り着いた。開きっぱなしの出入り口に駆け込むと、中に潜んでいた魔物と目が合ってしまう。

 バスが動き出すまで発砲は控えたい。事前の打ち合わせが脳裏を過ぎり、人差し指が強張って引き金が酷く重くなる。


「私が」


 いち早く詩穂ちゃんが反応して魔物は血の結晶に貫かれた。

 ほっと安堵したのも束の間、ほかに魔物が潜んでいないか詩穂ちゃんが慎重に座席を確認して問題ないと目配せをしてくれる。そうなってからようやく私は安心して銃口を下げることができた。

 ほかに敵影なし、車内は安全。


「よかった、鍵が刺しっぱなしだ。手間が省けたぞ」


 すぐにエンジン音がして車体が微かに揺れ始める。このまま走り出せれば問題なくこの十字路から脱出できるはず。だけど、この震動はすぐに鳴り止んでしまった。


「岸辺さん!」

「わかってる! あぁ、くそ。もう一回!」


 何度もキーを捻って、そのたびにエンジンが唸りを上げる。

 何日もエンジンを掛けていなかったからなのか、外装に凹みがあったからその影響なのかわからないけど。もう何度目かになるトライでようやくバスが息を吹き返してくれた。


「やった!」

「よかった……」

「よし! あとはここを抜けさえすれば」


 岸部さんはバックモニターを凝視しながら、放置された自動車の隙間を縫うように移動させる。多少の無理は承知の上。バスのお尻で自動車を押し退け、破壊しながらも狭い道幅を通り抜けた。

 けたたましい音が鳴り響く。自動車に搭載されたアラームだ。でも、このまま進むしかない。ぶつかるたびに大きく揺れてしまうけど、その甲斐あって難所は越えられた。


「このまま逃げられる! 二人を拾ってさっさと行こう!」

「私が呼んできます!」


 出入り口から飛び降りて外へと出ると、激しい戦闘音が耳に届く。咲希ちゃんと蒼空くんはまだ戦いの最中、命懸けで魔物の注意を引いてくれていた。


「二人とも――」

「――待って! 待ってくれ! 頼む!」

「お願い、行かないで!」


 私の言葉を遮ったのは、鬼気迫り切羽詰まった声音だった。急いで振り向くと二人の男女がこちらに駆けて来ているのが見える。その後ろに大勢のゾンビを引き連れて。


「助けてくれ!」

「死にたくない!」


 二人のうち男の人のほうは腕から血を流している。あのままじゃ逃げ切れない。二人の叫びを無視することは出来ず、ライフルを構えて引き金を引いた。


§


 放たれる水弾を反射的に迎撃し、返しに指先を伸ばして雷撃を見舞う。稲光と共に伸びたそれは水の魔物を直撃するが受け流されてしまった。


「楽勝かと思ったのにっ」


 奴が身に纏う水の流れによって雷撃が本体から逸らされてしまう。いくら稲妻を放っても水の表層を薙がれるだけで本体に届かない。そのまま感電してしまっても良さそうなものなのに。


「かと言って近づこうにも……」


 水弾の乱射がキツい。常に弾幕が張られていて、こちらは自動車の扉を引っぺがして盾にしている始末だ。

 相性がいい相手のように思えたけど、そう上手くはいかないみたいだ。


「くそぉ! 面倒臭い奴!」


 側で戦っている咲希も苦戦中の様子で火炎が風で乱されている。冷気を利用した吹雪も突風に押し負けているようで攻撃がまるで通用していない。あっちもあっちで選んだ相手が悪かったみたいだ。


「くっ」


 元々、そのような用途で製造された訳ではないけれど、自動車のドアが蜂の巣になって盾としての機能を失う。追加で放たれた水弾をなんとか反射を頼りに斬り捌いて後退すると、同じタイミングで咲希も飛び退いたようで背中同士でぶつかった。


「よう、蒼空。苦戦してんじゃないの?」

「そっちこそ、打つ手無しって感じに見えるけど?」

「はっはー」


 笑いはすれど、違うとは言わない。それが現実だ。二人揃ったことを警戒してか、魔物もほうも様子を見ている。けど、それも長くは続かない。


「近づければ」

「近づければな」


 同時に呟いた言葉と共に、ふと閃く。


「咲希」

「蒼空」


 互いに名前を呼び合い、同じ考えと知る。そうとわかれば話は早い。様子見をしていた魔物たちが攻めに転じた瞬間、俺たちは相手を入れ替えた。

 咲希が水の魔物に氷柱を放ち、俺が風の真物に雷撃を見舞う。放たれた氷柱は水弾を貫いて本体に突き刺さると一瞬にして凍て付かせ、突き進む雷撃は風の刃を焼き払って胴体に風穴を開けた。


「よし! あたしって天才かも!」

「俺たち、だろ」

「そうだった。えへへ」


 再び入れ替わり、本来の相手へ。

 身に纏った水流を凍結させられた水の魔物がそれを突き破る頃にはすでに至近距離にまで踏み行っている。帯電した刀が稲妻を引いて馳せ、落雷のように血肉と骨を纏めて斬り裂いた。

 一方で咲希のほうも決着がつく。

 風穴が相手怯んだところへ畳みかけるように咲希のナイフが深々と刺さる。抵抗を試みた風の魔物だったが、それが叶うことはない。肉体の内側から冷気が侵食し、あっと言う間に凍結が進み氷像と化す。ナイフが乱暴に引き抜かれると、それはバラバラに砕け散った。


「どんなもんだい! 斃してやったぜ!」

「まさかホントに斃すことになるとは。でもまぁ、これが最善なのはたしかだよな」

「だろ? やっぱあたしって天才かも!」


 調子がいいんだから。


「敵も斃したし凜々たちに合流しよう。そろそろ動かせてる頃だ」

「だね。凜々たちをびっくりさせようぜ」


 戦闘で上がっていた息も整い、刀を鞘に納めた時のこと。一羽の蝶々が目の前を飛んでいく。導かれるように視線を動かすと、その先にバスへと迫るゾンビの群れを見た。


「あぁ、不味い!」

「急ごう、蒼空!」


 俺たちはすぐに蝶々を追い抜いてバスの援護へと向かった。

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