第22話 人を乗せて
引き金を引いて迫り来るゾンビを撃ち続ける。逃げてくる二人を射線から外して、狙うのはゾンビの足。今更頭を撃つのが怖いわけじゃない。足を撃って転かしてしまえば後続が足を取られて転倒するから。
私の思惑は上手く実現して、何体かが纏めて倒れた。けど、その倒れたゾンビを踏みつけて更に多くの足音が迫って来ている。これじゃ足止めにもならない。
「私も手伝うわ」
「詩穂ちゃん!」
水の弾丸に混じって赤い結晶片が飛ぶ。
詩穂ちゃんの援護もあってより多くのゾンビが転倒してその歩みが大きく鈍った。これで十分に時間は稼げたはず。逃げてくる二人との距離も大きく開いて、なんとかこちらまで辿り着いた。
「あ、ありがとう!」
「礼なら後でいいですから。速く乗って」
「は、はい」
二人がバスに駆け込んでほっと一息をつく。けど、引き連れられたゾンビの群れが居なくなった訳じゃない。血の臭いによって呼び寄せられたゾンビをどうにかしなきゃ。
「根本的な解決にはならないけれど」
詩穂ちゃんがスキルを使って血の水球を幾つか遠投する。それに釣られたゾンビはいたけれど、その数は決して多くない。
「ダメね。ここには死体がありすぎるわ」
二人が連れて来たゾンビたちは今、私と蒼空くんで斃した魔物たちの死体に引き寄せられている。本当なら死体が発する血の臭いに引かれてゾンビが集結する前に逃げる算段だったけど、予定を変更せざるを得なかった。
「ある程度数を減らさないとバスでも強行突破できないかも知れないわ」
「なら、もっと、もっと……」
ワンショットワンキルじゃ足りない。ライフルにいつも以上のスキルを込めて引き金を引く。普段とは比べものにならないくらいの重い衝撃と共に銃口が飛沫を上げる。
放たれた水の弾丸は一瞬にしてゾンビの頭部を吹き飛ばし、尚も威力を落とすことなく後続をまとめて撃ち抜いた。
「私も凜々に習わなきゃね」
詩穂ちゃんが血液を操って一振りの大きな剣を作る。それを振り下ろすと大量のゾンビが下敷きになった。けれど、それでもまだバスが通れるほどは減らせない。
「凜々! 詩穂!」
「お待たせ、二人とも」
その時になって二人が駆けつけてくれた。
「蒼空くん! もう十分に濡れてるから!」
「――わかった」
私が伝えると蒼空くんはすぐに意図を察してくれた。バチバチと雷鳴が轟いて、落雷がゾンビに落ちる。
濡れた地面を伝った雷は、周囲すべてを感電させて機能停止に追い込んだ。
「四人とも乗れ! もう通れる!」
「はい!」
咲希ちゃんが感電から逃れたゾンビに火炎を放って最後に乗り込み、バスが唸りを上げて動き出す。数を減らして少なくなったとはいえ、ゾンビはまだまだいる。それをバックで轢き倒しながら方向転換、アクセルを全開にして十字路から脱出した。
「作戦成功だ!」
「やった!」
車内は歓喜に溢れ、逃げてきた二人はほっと安堵する。
「えー、次は銭湯、次は先頭。お降りの方は降車ボタンにてお知らせください」
車内放送を使って、岸辺さんが冗談を言う。私たちはくすりと笑って、蒼空くんが降車ボタンを押した。聞き慣れた、どこか懐かしい音が響く。
§
大きなことを成し遂げ、車内は和やかなムードが漂っている。これが勝利の余韻というものか、車体の揺れすらもどこか心地よく感じられた。
「岸辺さん、ガソリンはどのくらい残ってるんですか?」
「十分にある。銭湯と避難所を往復できるくらいだ」
「それはよかった」
ここまでの無茶と苦労をしたんだ、そうでなくちゃ。
「バスで通れる道も予め把握してるし多少のゾンビや魔物くらいなら轢き殺せる。銭湯に戻るだけなら問題はないはずだ。座ってていいぞ、疲れただろ」
「じゃあ、そうさせてもらいます」
岸部さんの言葉に甘えて近くの座席に腰掛けた。
こうしていると日常生活を思い出す。小学生くらいの頃は、よくスクールバスで登下校したっけ。そんな思い出の日々も、窓の外にある現実を見ると消え失せてしまうけれど。
「隣り、いいですか?」
「ん? あぁ」
凜々が隣りに座った。
「どうした?」
ほかにも座席は余っているのに。
「あの……すこしお話がしたくて」
「悩みごと?」
「はい。あの……蒼空くんはもう慣れたのかなって」
「なにに?」
「ゾンビや魔物を殺すこと」
窓の外でゾンビがはねられた。
「……正直な話、少しずつ何も感じなくなってる気がする」
世界がこうなってある程度日数が経った。当初は非日常だったことも日常と化しつつある。この世界に順応し、自分がこの世界に合わせて作り替えられているような気さえするくらいだ。
ゾンビや魔物を殺すのもそう。
自分でも段々と感覚が麻痺していくのがわかる。今はまだゾンビを殺すことに若干の抵抗があるけど、直にこれもなくなってしまうのだろうと思う。
魔物に関しては自身の糧とすることに感謝の念すら抱き始めている。狩人が狩った獲物に感謝するように。
「そう……なんですね」
凜々の顔はほっとしているように見えた。
「私、このバスに乗って、座席に座って、ちょっと昔のことを思い出して、思ったんです。自分は凄く、その……残酷な人間なんじゃないかって。だって私、もうゾンビを撃つことになにも感じないんです」
一説によれば人を剣やナイフで斬るより、銃で撃つ方が精神的な負担は小さいらしい。人を斬れば剣を介してその感触が手に伝わり実感となる。対象との距離も近く、その死に様がより明確に目に焼き付く。
だが一方で人を撃つ場合は引き金を引くだけだ。物理的な接触がなく、感触もなく。殺しは鉛玉が代行してくれる。
昔テレビでたまたまた見ていた海外ドラマのこのセリフが正しいなら、刀で戦う俺よりも銃で戦う凜々のほうが殺しについて慣れるのが早いと言える。それは決して凜々が残酷な人間だからじゃない。
「蒼空くんやみんなを助けるために割り切れていると言えば聞こえはいいですけど。でも、私……」
「大丈夫だよ、凜々。俺もいずれはそうなると思う。ただすこしだけ凜々のほうが順応するのが早かっただけだ」
「蒼空くん……」
「凜々が残酷な人間だって? 冗談じゃない。昨日、俺のことを気に掛けてくれたのは誰だった? 吐き出した思いを聞いてくれたのは? 残酷な人間はそんなことしてくれない。だろ?」
「……ふふ。えぇ、そうかも知れません」
バスが揺れる。銭湯に到着した。
「平気か?」
「はい。もう大丈夫です」
「よし、じゃあ降りよう」
戦闘の玄関口を封鎖していた血の結晶が解除され、すでに荷物を纏めた後の人たちが続々とバスへと乗り込んでいく。俺たちは周辺の警戒に徹し、点呼と最終確認を詩穂に任せた。
「間違いありません、これで全員です」
銭湯の中を隈無く調べ尽くした詩穂は置き去りがいないことを宣言する。
「行きましょう、岸辺さん」
「あぁ。出発だ」
大勢の人を乗せて、バスが出発する。この先になにがあっても、もうこの銭湯に戻ってくることはない。何事もなく避難所にたどり着けることを祈ろう。
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