第20話 渦巻く言葉

 俺たちが詩穂を捜すためにそうしたように、テーブルの上に地図が広げられる。すでに目的地には赤いペンで印が付けられて、荒い筆跡で避難所と書かれていた。


「避難所? 避難所が生きてるんですか?」

「あぁ、少なくとも俺が作戦中に下手こいて置いてけぼりを食らう前まではな。警備は自衛隊の戦車や銃器、水や食糧も十分にある。ここにいる人たちが入っても十分になりたつはずだ」

「でも、見ての通りここから遠いのよ。とてもじゃないけど、この人数を一度に移動させるのは無理。何度も往復できるような距離でもないから護衛が必要なの」


 戦力がどうのこうのと言っていたのはこのことか。たしかにざっと数えても二十人近くの老若男女を一度に移動させるのは無理がある。必ずどこかで魔物やゾンビに襲われてしまう。パニックが伝播して、それこそ岸辺さんのように手段からはぐれてしまう人も出てくるに違いない。

 捜して連れ戻す時間的猶予も、精神的な余裕もないと思う。


「避難所まで十キロあるわ。私一人では守り切れない。だからみんなの力が必要なの。協力してくれる?」

「もちろんだよ。ここには小さい子だっているし、見捨てられないよ」

「ここで断っちゃ女が廃るってもんよ」

「よかった。ありがとう、二人とも」


 二十人近くの人を俺たちだけで、か。

 ふと考え込んでしまう。


「蒼空。あなたはどうかしら?」

「ん、あぁ。もちろん協力するよ」

「ありがとう。本当に助かるわ」

「あぁ」


 しゃきっとしないとな。俺たちの働きに大勢の人の命が掛かっている。失敗は許されない。なんとしてでも全員を避難所まで送り届けよう。


「蒼空くん?」


§


「でもさー、十キロも先の避難所まで徒歩でいくのか? 結構キツくない?」

「そうね、子供も老人もいるから現実的じゃないわ。だから、まずは足を確保するの」


 詩穂は新たに印を地図に書く。ここからほど近く、俺たちの拠点とは真逆の方角に位置しているここは、咲希と詩穂がはぐれてしまった十字路の規模を更に大きくしたような大通りだった。


「この十字路に大型バスが止まってるの。確かめた訳ではないけれど、大きな損傷はないからまだ動くはずよ」

「なーんだ、それなら楽勝じゃん」

「そう上手くはいかないのよ、咲希」


 地図の上に詩穂の携帯端末が置かれる。その画面には大量の魔物が映り込んでいた。


「バスを動かすには魔物を全滅させなくちゃいけないの。乗り捨てられた自動車も邪魔で、無理矢理乗り込んでの強行突破も難しいと思うわ」

「そっかー。あ、でも凜々と蒼空ならどうにか出来るんじゃない?」

「うん、そうだね。蒼空くんと私なら」

「どういうこと?」

「凜々が雨を降らせて、俺が稲妻を流すんだ。これで広範囲を一気に感電させられる」

「ちゃんと実績もあるよ」

「なるほど……それならたしかに」

「あ、でもあいつのこともあるぞ」

「あいつ?」

「氷のスキルを使う人型の魔物がいたの。私のスキルが逆手に取られて強化させちゃったんだ」

「それはもちろん警戒しないとだけど、一気に数を減らすならこの手しかないと思う」

「……そうね。リスクはあるけど、数を減らせるメリットのほうが大きいわ」

「じゃ、もしそう言う人型の魔物が現れたらあたしと蒼空に任せな。な?」

「あぁ、なんとか出来ると思う」

「お願い。斃さなくてもいいわ。バスが動かせればそれで私たちの勝ちなんだから」


 ログハウスの時とは違って、俺たちはもう強引に道を切り開ける。魔物にゾンビが紛れていようと関係ない。すべて一緒くたに感電死させて、この作戦を成功させよう。


「あ、でも運転手さんはどうするの? 詩穂ちゃん」

「それは俺に任せてくれ」


 名乗り出たのは岸辺さんだった。


「足は大丈夫なんですか?」

「あぁ、彼女のお陰で傷の状態は良好だ。三日前まで立つことすら出来なかったのに今は走れもする。ちょっと無理はするけどな」

「私のスキルには治癒効果もあるみたいなの。お陰で岸辺さんを助けられたわ」

「へぇー、そんな能力まであるのか。詩穂のスキルも便利だなー」


 この人数を今日まで維持してきただけのことはある。詩穂がここにいなかったらと思うと、その先を想像するのを躊躇ためらってしまう。

 それから俺たちは自衛隊の岸辺さんを中心に作戦を詰めた。所詮は机上の空論に過ぎないけれど、考え得る限りのシミュレーションをして作戦決行に備える。


「決行は明日よ。成功を祈りましょう」


 詩穂がそう締め括ったところで携帯電話のディスプレイが暗転してしまう。電源を入れ直すと数秒ほど光が灯ったものの、それも直ぐに掻き消える。


「とうとう電池が切れたわね。かなり節約してたんだけど」

「それならいい方法がある」


 右手に稲妻を纏わせた


§


 両手に持った携帯端末に稲妻を流して充電する。

 作戦会議を終えた俺たちは、ここの人たちのためにそれぞれのスキルを生かすことにした。俺の役目は電池切れで機能を停止した機器を蘇らせること。懐中電灯に入っていた乾電池、モバイルバッテリー、オーディオプレイヤーなどなど。

 最近は電気の節約のために夜は真っ暗だったらしく、充電するとみんな笑顔になってくれた。


「あ、あの」


 小さな男の子がやってくる。


「どうした?」

「……これ」


 遠慮がちに差し出されたのは携帯型のゲーム機。


「いい、ですか?」

「あぁ、もちろん」


 子供ながらに優先順位というものがわかっているのか、渡された機器のすべてを充電し終わったタイミングだった。それまでずっと今か今かとゲーム機を抱えたまま待っていたんだろう。本当は一刻も早く待ちに待ったゲームをやりたかったはずなのに。

 そんな健気な子からゲーム機を受け取り充電を満タンにする。


「はい、どうぞ」

「わぁ! ありがとう、お兄ちゃん!」


 花が咲いたような笑顔を見せてくれて、男の子は母親の元へと駆けていく。久しぶりのゲームはさぞかし楽しいだろうな。


「お水、行き渡りましたか? 他に容器があれば私に!」


 隣りでは凜々が空のペットボトルやポリタンクに水を注いでいる。

 水道が止まった今、水の残量が命の残量と言っても過言じゃない。みんな命の水を受け取って安堵していた。


「な、なぁ。あたしもなんか出来ることない? 冷凍保存とかできるぞ!」

「咲希。あなたには明日活躍してもらうから大丈夫。私たちサバゲーチームの特攻隊長なんだから、頼りにしてるわ」

「そ、そうか? だったら良いんだけどなー。あはは」


 追加の充電も終えて、この場にある機器はすべて片付いた。流石にすこし草臥れた。長めの一息をつく。


「大丈夫ですか? 蒼空くん」

「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」

「そうじゃなくて」


 凜々が隣りに腰掛けた。


「さっき様子がすこし可笑しかったじゃないですか。私の勘違いならいいんですけど」

「……バレたか」

「話なら聞きますよ」

「ちょっと重い話になるけど」

「承知の上です」

「じゃあ話すけど」


 今まで声にはせず、心の中にだけ渦巻いていた言葉を口に出す。


「正直、ちょっと期待してたんだ。生き残りがいるって知って、もしかしたらいるかも知れないって」

「両親、ですよね。私もです」

「あぁ、まぁここにはいなかったわけだけど。それはいいんだ。避難所まで逃げ延びてるかも知れないしさ」


 まだ死は確定していない。どこかで生きているという希望を捨てずに済む。でも、そうじゃない奴もいる。


「友達がいたんだ。親友だった。でも、あの日、世界が終わった日、学校の屋上で、目の前で死んだんだ。空飛ぶ魔物に殺された」


 両手で顔を覆い、そのまま前髪をくしゃりと握る。


「あいつは俺に言ったんだ。近づくなって、スキルが発動して俺が化け物に見えたんだろうな。それが最期の言葉だった。俺がこのスキルを最初から上手く使えてたら、尚人は死ななかったかも知れない」

「蒼空くん、それは……」

「あぁ、わかってる。たらればの話をしてもしようがないって。でも、だから、せめて多少は上手く使えるようになった今、このスキルで人を救いたいんだ。ここの人たちを助けたい」


 救えなかった尚人の代わりだなんて思ってはいないけど。もう目の前で人が死ぬのは、あんな思いをするのは勘弁だ。


「蒼空くん。私たちは蒼空くんに救われてますよ。出会ったあの日からずっと」

「ありがと、凜々……まぁ、そういう訳で、ぐるぐるぐるぐる考えごとしてたんだよ、ずっと。それだけ」

「明日の作戦、必ず成功させましょうね」

「あぁ、必ずだ」


 凜々と拳を付き合わせて作戦成功を願う。

 明日は大仕事だ。

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