第19話 生き残った者たち
「はぐれた時はどうしようかと思ったのよ!」
「あたしもだよ。ホントに無事でよかった」
「えぇ、凜々も生きててよかった」
「うん、また会えて嬉しい!」
感動的な再会の場面に邪魔が入らないように周囲を警戒しつつ、ちらりと大人たちを見る。その手には自衛のためか日常生活において武器になり得そうな物が握られている。
木製バット、バール、包丁、鉄パイプ。固く握り締められたそれらには血の跡が付いていた。
「ところで、そこの男の子は?」
「そうだった! 紹介するね、飛電蒼空くんだよ」
「あたしも凜々も助けられた。良い奴だよ」
「そう……」
詩穂と目が合う。
「二人を助けてくれてありがとう。本当になんと言っていいか」
「礼を言うのはこっちのほう。拠点、途轍もなく助かってるよ」
「ふふ、まさかこんな形で役に立つだなんて重いもしなかったわ」
ひとしきり再会の喜びを凜々と咲希と分かち合い、詩穂は大人たちに振り返る。
「皆さん、安心してください。以前に話していた私の仲間です」
「詩穂ちゃんの仲間ってことは、キミ達も不思議な力を使えるのかい?」
「えぇ、まぁ」
各々の能力を軽く使用してみせると、大人たちに笑みが浮かぶ。スキルを見て安心するってことは、彼らにこの力はないってことでいいかな、やっぱり。
側にスキル持ちの詩穂がいるとはいえ決死の覚悟で食糧調達を行っていたはず。この世界で普通の人が生きていくのは大変だ。俺もスキルがなければきっと今頃、のたれ死んでいる。
もっともその場合、俺一人で行動することはなかっただろうけど。
「今までこの人たちと一緒にいたの? 詩穂ちゃん」
「そうよ。咲希とはぐれた後に出会ったの。あと十人くらいいるわ」
「十人も? じゃあ一人でそれだけの人数を守ってるってこと?」
「スキルを使えるのは私だけだから」
それだけの人数を率いるのは大変だったに違いない。ましてやつい最近までただの女子高生だった。ただサバゲーチームのリーダーなだけで並大抵のことではなかったはず。
素直に凄いと感心してしまった。
「詩穂ちゃん。悪いけど、まだ食糧が足りない。ほかの家を回らないと」
「えぇ、そうですね。ごめんなさい、三人とも。すこし付き合ってくれる?」
「それならあたしたちが仕留めた魔物がいるよ。凍らせてあるから鮮度もばっちり」
「本当? 助かるわ。なら、それを回収しに行きましょう」
意外なところで意外なものが役立つもので、俺たちは先ほど駆け抜けた道のりを引き返し、氷漬けにして放置した魔物の死体を取りに戻った。照りつける日差しで若干解けているものの、鮮度的には問題ないはず。
「思ったより大きい。これなら一体あれば十分ね」
「たしかに、これだけ太ってりゃ待ってる子供も満足するだろうな。ただどう持ち帰ったもんか。凍ったままじゃなにかと不便だぞ」
「それは私に任せてください」
凜々が運搬を買って出て、凍結した魔物の死体を水球に閉じ込める。俺でも例えば瓦礫の山の中にある鉄屑を使えば似たようなことが出来るけど、凜々の水球と違って解け出した血の臭いを防ぐことは出来ない。
ここは凜々に任せよう。
「なるほど、そんな手が」
「でも、思った以上に氷が解けてるな」
残り三体の死体から滴り落ちた雫は紅色に染まっている。
「このままだと血の臭いで――」
「ゾ、ゾンビだ!」
周囲を警戒していた大人たちが叫ぶ。予想は的中し解けた血の臭いによってゾンビたちが引き寄せられていた。
道の前後、左右の瓦礫、どの方角からもゾンビの呻き声が響く。夏の日差しを過小評価し過ぎたみたいだ。俺たちが回収に戻る前から解け出した血の臭いがゾンビを引き寄せていた。
「く、来るぞ! 凄い数だ!」
「俺たち生きて帰れるのか?」
「帰らなきゃ子供が飢えて死ぬ。食糧を持ち帰らなきゃなんねぇんだ」
「お、俺はやるぞ。ゾンビがなんだ! もう一回ぶち殺してやる!」
大人たちは各々が手にした武器を握り締め、迫り来るゾンビを睨み付けている。ゾンビの数が少数であればそれも有効な手段になり得るけど、あまりにも多勢に無勢だ。バットや鉄パイプではどうやっても数の暴力には敵わない。
それは詩穂もわかっていることで。
「凜々。それを持ってるってことは撃てるのよね?」
「うん、そうだけど」
「ゾンビを殺したことは?」
「……ある」
「そう、よかった。私もよ」
詩穂は周囲のアスファルトから紅い液体を湧き出させ、それを操る。
「凜々、手伝ってくれる?」
「うん、任せて」
凜々がライフルを構えて引き金を引く。それと同時に詩穂が紅い液体を尖った結晶片に変えて放つ。水の弾丸と赤い刃がゾンビを襲い、次々に行動不能へと追いやった。遠距離攻撃を持たないゾンビに為す術はなく、包囲網に血路が開く。
「今ですよ!」
「よし! 行こうぜ、蒼空!」
「皆さんも早く!」
「お、おう!」
血だまりを踏みつけ、紅い飛沫を上げながら包囲網から脱出。そのままゾンビを置き去りにして、ぐんぐん距離を離して、姿が見えないくらいまで一気に走る。息も絶え絶え、速度も落ちてきたところでふと気がつく。
「待った。今、どこに向かってるんだ?」
「私たちの隠れ家よ。そう遠くないわ」
「なら、ちょっと不味くないか? あのゾンビ、俺たちを追って隠れ家まで来るんじゃ」
「それはダメだ! 隠れ家にいるのは女子供で俺の息子もいる!」
「そうね……だったら」
周囲のアスファルトからにじみ出す紅い液体を詩穂は幾つもの球体にして遠投する。空の彼方へと消えて行くそれを一通り撃ち出すと、残りの紅い液体はアスファルトに染みこんでいった。
「今のは?」
「私のスキルよ。血を操れるの」
「血を? あぁ、なるほど。臭いを拡散させたのか」
血の球体を遠くに投げ、ゾンビを引き寄せる誘蛾灯にした。俺たちを追っているはずのゾンビたちも、これで進路を変えるはず。隠れ家周辺にまで進行が及ぶことはない。
でもまさか血を操るスキルだったとは。
「これで安全は確保できたはずよ。行きましょう」
後顧の憂いを断ち、素早く移動をするとそれらしい建物が見えてくる。それらしいというか、あからさまに可笑しいというか、とにかくその建築物は玄関にあたる部分が紅い血の結晶で覆い隠されていた。
「ゾンビと魔物の侵入を防ぐためよ」
「こんなことも出来るんだな」
ほかにも色々とと応用が利きそうだなとかなんとか思っていると血の結晶による封鎖が解除される。現れた玄関口を通って中に駆け込むと、直ぐに再封鎖が成されて外の世界から隔絶された。
ここまでくればもう安全だと一息をついて、それからこの建物の内装に目がいく。
「ここ銭湯なのか」
と、呟く間に男湯と女湯を区別している暖簾が揺れて老人や女性、子供が顔を見せた。この隠れ家に身を寄せる男性陣は、この人たちのため命を懸けて食糧調達を行っていた。
ここに残った守られるべき人たちは今、初めて見る俺たちに不安そうな表情を浮かべている。
「皆さん、安心してください。この人たちは味方ですから」
ここでも詩穂の信頼のされようがうかがい知れた。たった一言詩穂がそう言うだけで、誰もがほっと息をつく。出会ってまだ間もないだろうに確かな信頼関係を感じる。流石、凜々と咲希が信頼を置くリーダーだ。
「そいつを風呂場まで運んでくれるかい?」
「はい、もちろんです。もう解けてると思うので解体もしやすいですよ」
「助かるな。運んだ後のことは俺たちに任せてくれ」
水球が男湯の風呂場へと運び込まれ、すぐに凜々が戻ってくる。
緊急時で分け隔てもあってないようなものとはいえ男湯に入ったという事実が気恥ずかしいのか、その足取りは小走りだった。心なしか顔もすこし紅い気がする。
「ふぅ……三人ともありがとう。会えてよかったわ。話せる?」
「もちろん」
「じゃあ付いてきて」
軋む床の上を歩いて客としては入れない、関係者以外立ち入り禁止の区画に導かれる。そこは従業員の休憩スペース、もしくは家主の生活スペースのようで、その一角にある扉を詩穂はノックした。
「どうぞ」
返事が聞こえると詩穂ががちゃりと扉を開く。その先にいたのは迷彩服を身に纏った一人の男性だった。
ツバの一部が欠けて血が付着した制帽を被り、頬には貼り付けられたガーゼからはみ出すくらいの大きな爪痕が痛々しく刻まれている。足を負傷しているようで右脚の太ももに巻かれた包帯が紅く黒く滲んでいた。
「自衛隊?」
「あぁ、そうだよ。
一瞬、
「君たちは?」
「私と同じスキルを持っている仲間です」
そう聞くと岸辺さんは俺たちの顔を順々に見た。
「……なるほど。戦力が揃ったわけか」
「戦力?」
「これから話すわ」
詩穂は俺たちに向き直る。
「ここにいる全員を救いたい。だから私たちに協力してほしいの」
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