第12話 サバゲー演習場


「サバゲーの予行演習によく使ってた場所があるんです」


 テーブルに広げられた地図の上に凜々の指が置かれる。


「山?」

「はい。友達の私有地で元々はキャンプ場だったんですけど、すこし改造してサバゲーの練習が出来るようにしてあるんです」

「凜々の友達はなんでもありだな」


 この拠点といい、サバゲーの練習場といい。金持ちはスケールが違う。


「私たちが光を浴びたのもここです」

「じゃあ、そこから四人で山を下りたのか」

「いえ、私は吹き飛ばされて川に落ちたみたいで、気がついたらこの辺りまで流されてました」

「よく生きてたな」

「この力のお陰かも知れません」


 凜々の手の平に水球が浮かぶ。水の能力が無意識に発動して自身を守っていたのかも、か。あり得る話というか、今となってはあり得ないとする話のほうが少ないか。


「ん? あれ、あの日ってたしか平日だったよな?」


 あの光を浴びたのは昼休みだったし、その日は普通に学校があった。


「じ、実は学校をサボってサバゲーの練習を少々……」

「ははー、やるな」


 真面目そうな見た目に反して度胸がある。あるいはその友達の影響か。


「なら、この場所に戻れば三人がいるかも知れないな」

「はい。ここから徒歩で向かうなら半日くらいで付けますよ」

「往復一日、途中で化け物やゾンビもいるから、その倍、捜索にも時間が掛かる」

「なら、食料は余裕を持って三日分くらいですね」

「あぁ、冷凍庫の肉を消費したい気持ちもあるけど、備蓄から持っていこう」


 そう話し合っていると、足にミカンがすり寄ってくる。


「おっと、そうだ。お前のことを忘れてた」


 抱き上げて頭を撫でると、気持ちよさそうに目が細くなる。。


「ミカンのご飯、どうしましょう?」

「三日もここを空けるなら、水も餌も十分に置いていかないとだな」

「流石に連れてはいけませんからね」


 自動給水器の水を満タンに、ほかにも水の入った容器を部屋の各地に設置する。ドッグフードも同じように設置し、ついでに袋を横倒しにしておいた。


「まぁ、こうしておけば平気だろ。きちんと躾されてるからエサ以外のモノを口に入れないし、トイレの心配もない。帰ってきたら絶対臭いけど」

「なるべく早く帰ってくるからね」

「わん!」


 またミカンの頭を撫で、出発の準備を整える。蓄電池にも稲妻を流し終えた。これで電力不足で冷蔵庫が止まることはない。


「よし、じゃあ行こう」

「はい」


 昼前に拠点を後にし、サバゲー演習場へと向かった。


§


 街は完全に崩壊していて周囲には鉄筋の生えた瓦礫が沢山ある。稲妻を纏って磁界を発生させ、それらを組み立てれば即席の橋の出来上がり。この瓦礫橋をどこに掛けるかと言えばそれは建物の屋根だ。足で強度を確かめ、瓦礫橋を渡る。


「これなら安全に移動できますね」

「あぁ、地上の脅威とはこれでおさらばだ」


 瓦礫橋を解体して移動させ、また向かいの建物に移るために組み立てる。これを繰り返して道ではなく屋根の上を行き、目的地までの最短ルートを行く。組み立てと解体を繰り返すのは手間だが、こうすれば警戒するのは頭上だけでいい。

 更にそれを何度も何度も繰り返し、夕方になる頃には山の麓にたどり着けた。


「ここからは慎重に行かないとな」

「ですね。私が先頭を」

「あぁ、任せた」


 道に詳しい凜々を先頭に登山を開始する。登山と言っても整備された道路があり、決して険しい道のりでもない。延々と緩やかな斜面が続き、左右には木々が生い茂っている。耳を澄ませば鳥の鳴き声。あれが化け物の声でないことを祈りつつ先を急ぐ。


「どのくらいここに来てたんだ?」

「週に一度、多くても二回くらいですよ。夏休みだと週に三回とか四回の時もありましたけど」

「へぇ、通い詰めてたんだな。楽しそう」

「とっても。でも、冬はかなり寒くて凍えちゃいました」

「今が夏でよかったな」


 そう話をしつつ斜面を歩き、リュックに吊していたペットボトルを取る。キャップを開けて口に流しこむと共に空を見上げた。木々の枝はで狭まった空は透き通ったような黒に染まりつつある。もうすぐ夜だ。


「演習場までどれくらいなんだ?」


 ペットボトルをリュックに吊す。


「あともう少しのはずです。ほら、見えてきましたよ」


 斜面が途切れ、平坦になると演習場が見えてくる。道路と敷地を仕切る門の向こうに立派なログハウスが建っているのが見えた。


「なんとか暗くなる前にたどり着けたな」


 まだ周囲が十分に見えるくらい明るい。


「蒼空くんのお陰で予定よりもずっと早いですよ!」

「ミカンを待たせずに済む」


 鍵は持っていないので門ではなく塀の上に登り、凜々を引き上げる。


「よっと」

「ありがとうございます」


 そのまま敷地内に降りて中に入り、目の前のログハウスへと近づいた。


「明かりは付いてないな」

「私たちみたいに窓を塞いでいるのかも」

「だな。中に入ってみないことには――」


 不意にぞっと寒気がした。鳥肌が立ち、吐いた息が薄い白に染まる。


「急に冷えて来たな。さっきまで蒸し暑いくらいだったなのに」

「いえ、蒼空くん」


 凜々の視線が俺のリュックへと向かう。


「冷えすぎです。凍ってますよ!」


 すぐにリュックに目を向けると、吊したペットボトルが凍り付いていた。先ほど飲んだときは確かに液体だったのに氷になっている。明らかに可笑しいことが起こっていた。


「なにがどうなって――」


 異変に気付いたのも束の間、土の地面が白く色付いていく。這い寄る白。正体は冷たい冷気。それは俺たちの正面で渦を巻き、その最中に人影のようなモノを見る。

 まさか、あり得ない。

 そう思いはすれど冷気が晴れた瞬間、人の形を模した凶悪な輪郭が現れた。


「化け物、か? あれ」

「そんな……」


 狼に似た化け物や、魚に似た化け物がいるなら、人に似た化け物もいる、ということらしい。奴は人とも獣とも付かない姿をしていてこちらを睨み付けている。


「クララララララ」


 言葉ではないなんらかの声を発して、その化け物は白い冷気を纏う。それが意思を持ったかのように渦を巻き、空中に一つの氷柱つららを浮かべた。


「はぁ!?」


 驚いたのも束の間、尖った氷柱がこちらへと放たれた。咄嗟にこちらも稲妻を纏う。だが、雷撃を放つ前に氷柱は撃ち落とされた。凜々の水鉄砲じゃない。暗く染まった空から落ちた一筋の流星に叩き落とされた。


「な、なんなんだ」


 目を奪われたそれの終着点には一本のナイフが刺さっている。これが氷柱をと思う間にその刀身が燃え上がり、空を焼くかの如く火炎が伸びた。


「クララララララ」


 その火力に怯んだのか、氷の化け物は逃げるように去って行く。それは良いことだったが同時に疑問が湧いた。これを投げたのは?


「誰だッ!?」


 近くの茂みから物音がしてそちらを警戒する。雲がかかった月光の薄明かりにぼんやりと人影が浮かび、更に警戒心が強くなった。ナイフを放った何者かは一歩、こちらへと近づく。そうしてその姿を見せた。

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