第13話 友人たちについて
「ひっどい反応だなー。ピンチを救ってあげたのにさー」
問いかけへの返答は想定していたものよりもずっと軽いものだった。思わず気が抜けそうになる。
「あれ、この声は……」
「ん? あれ、もしかして凜々?」
「やっぱり!
構えていた銃口を下ろし、笑みを浮かべて凜々が駆ける。それと時を同じくして物陰から飛び出した咲希という人物が雲の晴れた月光の下に照らし出された。
長い髪を後ろ括りにしたポニーテールが揺れ、黒髪に混じった赤いメッシュが目立つ。凜々と再会した咲希は、とても嬉しそうな表情で抱き締め合った。
「よかった! 生きてたんだな!」
「うん! 咲希ちゃんも生きててよかった!」
「あったり前だろ? あたしがそんな簡単にくたばるかって」
「うんうん。そうだね」
月光を受けてきらりと光る雫が凜々の目尻から流れている。友達との再会か。よかったな、凜々。
「ところで、後ろにいるのは?」
「あ、そうだった。紹介するね、飛電蒼空くん。二人で協力して生き残ったの」
「そっかー。友達が世話になったみたいだな。ありがと」
「その辺はお互い様だよ。俺も凜々がいて助かってる」
「えへへ」
凜々と出会えたのは本当に幸運だったと思う。生活面でも精神面でも、支えになってくれた。出会わずに一人だったらと思うとぞっとする。
「とにかく凜々が無事でよかった。ここじゃなんだし、中に入ろうよ」
そういいながら咲希は地面に突き刺さったナイフを引き抜く。手を使わずに操り、手元に引き寄せた。
「おもてなしするぜ」
どうやら彼女も妙な力を持っていることに間違いなさそうだった。
§
「目が覚めた時、近くには
咲希は語る。あの日、あの時のことを。
「じゃあ
「あぁ……でも、凜々が無事だったんだ。きっと真央もどこかで生きてるよ」
「そう……だね。そう信じよう」
凜々に刺した釘は抜けていなかったようで動揺は少ない。生死がはっきりしていなくて、まだ希望が持てる状況だから、というのも大きいだろうけれど。
「なら、その詩穂って人はどこにいるんだ?」
ここには咲希しかいないように見える。詩穂って人の姿は見えない。
「それが目が覚めたあとすぐに二人を捜したんだ。山中を捜して、街に降りて、そこでゾンビの群れに出くわしちゃってさ。逃げてるうちにはぐれちゃったんだ」
「ここにも戻ってきてないの?」
「あぁ、あたしもここに戻ればって思ってたんだけど、今日まで姿が見えないんだ」
「そっか……」
合流できたのは咲希だけで他の友人たちは今も行方不明で生死不明。状況は良いとは言えないけど、咲希と合流出来ただけ幸運か。
「ねぇ、咲希ちゃん。ここで待つより一緒に捜しに行こうよ。三人もいればきっとすぐに見付かるから」
「そうだなぁ。ここの発電機の燃料もなくなっちゃったし、そのほうがいいかも。それに一人ぼっちにも飽きちゃったしな」
「よかった! じゃあ、明日ここを出て拠点に行こう!」
「だね。夜は危ないそうしよっか。じゃ、今のうちに準備しとかないと。付いてきて」
ソファーから立ち上がって向かうのは、広間を抜けた先にある階段の下。地下室だった。懐中電灯やランタンの明かりで暗闇が払われると、棚に並んだ食料の備蓄が照らし出される。どれも日持ちするものばかりで消費期限にかなりの余裕があった。
嬉しいな。これだけの食糧だ、また食糧問題から一歩遠のけた。
「ここに防災用の備蓄があってよかったよ。乾パンに金平糖、チョコレートに水。缶詰もある」
「凄いな。ここに一人だけなら何ヶ月も凌げそう」
「発電機の燃料さえあればなー。持てるだけ持って行こう。あ、でも、詩穂と真央が戻ってくるかもだから」
「うん。二人のためにもある程度残して行こっか」
棚の非常食は種類も豊富でリュックに詰めるとすぐに一杯になった。持ってきた食糧が邪魔になるくらいだ。
「食料、三日分もいらなかったな」
「ですね」
すこし慎重になりすぎていたかも。
「そんなことないぞー。ほら、なんとかかんとかって言うし」
「情報量ゼロ」
「多分、備えあれば憂いなしって言いたいんだと思いますよ」
「そう! それ!」
ログハウスに元々あったリュックも利用して非常食を詰めていく。どれだけ重くなっても磁界で浮かせば万事解決。ここに戻ってくるかも知れない二人の分以外はすべて拠点に持って帰ろう。
「それにしても暗いな……よっ」
新たな光源によって明るさが増したかと思えば宙に浮かんだナイフが燃えていた。松明の代わりになんだろうけど、絵面の違和感が凄い。
「どういう力なんだ? それ」
「これ? 元はただのサバイバルナイフだったんだけど、目が覚めたらなんかあたしと繋がってたんだよ」
「繋がってた?」
咲希とナイフが物理的に繋がっている、という話ではないらしい。実際繋がっているわけでもないし。
「精神的にってこと?」
「そうそう。説明が難しいんだけどさ、感じるんだ。こいつを」
そう言って咲希はナイフを回転させた。火の粉が舞ってすこし幻想的だ。
「能力がナイフと繋がることなら、炎は?」
「あぁ、それは燃えてる魔物を刺したらなんか燃えるようになってた」
「能力を奪ったってこと!? いや、コピー? それとも……」
「さぁ、あたしにもわかんない。でも、使えるんだからいいじゃん? それでも」
細かく理屈を考えてもしようがないことではあるけれど。そんなにスッパリと割り切れるものでもないと思うんだけどな。
まぁ、本人が気にしてないなら俺から言うことはなにもない。得体の知れない意味不明な力を使っているのは俺も同じだし、説明もできないし。
「ねぇ、咲希ちゃん。化け物って魔物っていう名前なの?」
棚の隙間からひょっこり凜々が顔を出す。
「あ、そう言えば」
普通に会話していて気付かなかったけど、化け物のことを魔物と呼んでいた。
「ん? あぁ、そうだよ。ラジオで言ってた、スキルのことも」
「ラジオ? それにスキルって」
「知らないみたいだから説明するよ」
それぞれ作業を進めつつ咲希の話に耳を傾ける。
「世界がこうなってすぐラジオから妙な放送が流れて来たんだ。それによればあの化け物は魔物って名前で、この妙な力はスキルって呼ぶんだってさ」
「へぇ、魔物にスキルか。ゲームみたいだな。何者なんだ、その人?」
「さぁ? 自分のことをボイスって名乗ってたけど。あと男の声だった」
「なにか知っているんでしょうか? 世界がこうなった理由とか」
「なら是非とも教えてもらいたいもんだけど。その放送って今も?」
「いや、最近は全然。どうもチャンネルをころころ変えてるみたいなんだよなぁ」
「そっか。色々と謎めいてるな」
「まぁでも、悪い奴じゃなさそうだよ。なんの得にもならないのに情報を流してくれてるんだし」
「そうだね」
わからないことがわかるだけでも精神的な負担は軽減される。それがたとえ何をどう呼ぶか程度のものであっても。ボイスって男の目的がなんにせよ、一度そのラジオを聞いてみたいな。
「よし、出来た。そっちは?」
「こっちもオッケ」
「準備完了です。上に戻りましょう」
持てるだけの食料を持って地上へと上がる。明日の準備が整っても就寝時間にはまだ早い。凜々と咲希はその間に積もる話で盛り上がり、時折それに俺も混ぜてもらった。
時間はあっという間に過ぎて、そろそろ睡魔に抗えなくなってくる。交代で見張りをすることになり、欠伸をしながらジャンケンをした結果、俺と凜々は一足先に眠りにつくことに。それから何時間か経った頃。
「――起きろ。おい、起きてくれ」
体を揺さぶられ、意識が覚醒し、重い瞼をこじ開ける。
「ふぁ……交代か」
「いや、まだ早い」
「じゃあ、どうして……」
「魔物に囲まれてる」
瞬間、朧気な意識が完全に覚醒した。
「凜々は?」
「起きてる。来てくれ」
「あぁ」
すぐにベッドから降りて部屋を出る。廊下に出ると月明かりの差す窓から銃口を出して構えを取った凜々がいた。
「数は?」
「数え切れないくらいいます」
「きっとさっき追い払った氷の魔物だ。あのまま逃げると思ったのに仲間を連れてくるなんて」
「ゾンビは?」
「見える範囲にはいません」
「そうか」
不幸中の幸いだな。
「数は多いけど一点突破すれば逃げられるかも? あたし腕には自信あるよ」
「そうしたいのは山々だけど、逃げた後のことが心配だな」
「暗闇に乗じられて不意打ちを食らうかもってことですね」
「見えない分、対処のしようがない。そういう意味で言えば、あいつらは見えてるだけマシだ」
脅威がはっきりしてる。
「じゃあ朝まで待つ?」
「咲希ちゃん、悠長なことは言ってられないかも」
どんと重い音と、微かな震動が伝わってくる。このログハウスの玄関からだ。
「こじ開けようとしてるのか。突破されるのも時間の問題だな」
「なんてこった。なら戦うしかないのか、あたしたち」
「それしかなさそうだ。殲滅しよう」
それが最善。
「簡単に言うけど、あれだけの数をどう相手するつもり?」
「大丈夫。俺たちには馴染みの手があるから」
「アレですね!」
「アレ?」
凜々と一緒に準備に入った。
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