第11話 狩猟

 拠点からほど近い場所にある公園に螺旋状の角を持った鹿の化け物がいた。

 遊具の物陰から様子を窺いつつ稲妻を纏い、磁界を発生させ一本の鉄パイプを操る。磁力で弾けば矢と同等かそれ以上の速度まで一瞬にして到達し、化け物の首を射貫く。声帯が潰れて声も出せず、化け物は息絶えた。


「よし、仕留めた。凜々」

「はい、角と血抜きは任せてください」


 仕留めた化け物に近づいた凜々が角を撃ち抜き、死体を水球で包む。匂いの封じ込めと血抜きを兼ねた運搬は効果絶大でこれなしはもう考えられない。


「よし、雑居ビルに行こう」


 以前に俺が拠点として使用していた雑居ビルの二階には丁度良いワンルームがある。そこで水球から化け物の死体を引きずり出すと、事前に布いていたブルーシートに転がした。貫いた傷口からはもう血は流れていない。血抜きはもう十分にできている。


「水を捨ててきますね」

「あぁ、こっちも進めておく」


 赤く濁った血を捨てに凜々は外へ。こちらは化け物の後ろ脚をロープで縛り、鉄パイプに括り付ける。視線を持ち上げて目で捉えるのは、崩れた天井から伸びた鉄筋。それにロープを掛けて吊し上げ、解体の準備が整った。ちょうど凜々も戻ってくる。


「わ、もう準備万端ですね」

「手慣れたもんだろ?」

「えぇ。はじめての時は悲惨でしたし」

「あれはな……」


 苦笑いしつつサバイバルナイフを取り出して腹に刃を入れた。


「気をつけてくださいね?」

「あぁ、腸を裂かないように慎重にやる」


 実は化け物の解体はこれが初めてじゃない。初めに解体を試みた時はナイフを深く刺しすぎて腸や胃を裂いてしまった。腸に詰まっているものが何かを考えれば、その後の展開は想像に難くないだろう。周辺が阿鼻叫喚の地獄と化した。肉に匂いが染みついて、あれは二度と喰いたくない。


「よし。ビニール袋を取ってくれ」

「はい、どうぞ」


 腹から掻き出した内臓を腹膜ごとビニール袋に入れる。


「さてと」


 内臓が抜けたら胸元までぱっくりと開いた死体から毛皮を剥ぐ。


「私は左を」

「頼んだ」


 右脚首をナイフでぐるりと一周させ、そこから毛皮を剥いでく。毛皮と筋膜の間にナイフを浅く入れて引っ張れば、思ったよりも簡単に剥ぐことができる。尾と耳は軟骨ごと切り離し、鼻先まで進めると完全に毛皮を剥ぎ終わった。


「スリムになったな」


 毛皮が有ったときよりも細身な印象を受ける。実際、内臓が占めている体重の割合は大きい。体感で元の三分の一くらいの印象だ。


「頭を落とすぞ」


 首の軟骨を目掛けてサバイバルナイフを振り下ろす。何度か硬くて鈍い音が響き、頭蓋骨を切り離すことができた。これからは頬肉と舌が取れる。


「さぁ、肉を取ろう」


 筋肉の流れに沿って刃を入れて、胴体から肩の関節を外すように切り離す。背中の肉ははめ込まれたブロックを取り外すようにし、肋骨は骨の軟骨ごと切ってしまう。そうして前進から可食部を取り尽くすと残ったのは背骨と骨盤のみになった。


「ふぅ……おつかれ」

「お疲れ様です」


 ブルーシートの上に並ぶ、それぞれの部位肉。破棄する骨や内臓はすこし移動した先にある空き地に埋めることにしてある。ここに放置して化け物が来られても敵わない。


「折角ですから、この毛皮も有効活用したいですけど」

「衣服に困ってないからな、絨毯にも。それに皮なめしも手間で割に合わないし」

「ですよね。もったいない気もしますけど、残滓ざんしと一緒に埋めちゃいましょう」


 切り取った部位肉を再び水球に閉じ込め、ビニール袋と毛皮を持って雑居ビルを後にした。


§


「これでしばらくは持つな」

「はい。冷凍庫がパンパンです」


 化け物を狩るようになってから食料の供給も安定し始めた。近くのスーパーから幾つか持ってきた野菜の種もプランターで栽培中。今朝、ようやく芽が出たところだ。


「ミカンも役に立ってくれたな」

「わん!」


 化け物肉の毒味も終わっていて安心して食べられる。最近は草食動物っぽい化け物を中心に狩りをしているので、人を食っているかも、という心配がないのが精神衛生上とてもいい。


「蒼空くん。食糧も安定してきたことですし」

「あぁ、そうだな。ようやく準備が整ったって感じだ」


 抱きかかえていたミカンを床に下ろす。


「捜そう。俺たちの家族と友達を」

「はい。それで私から一つ提案があるんです。いいですか?」

「提案?」

「私の友達から捜したいんです」


 友達、か。どうしてもあの日のことがちらついた。


「あの日、光の爆発に飲み込まれた時、私たちは四人で一緒にいたんです。私がこの奇妙な力を得たなら、ほかの三人も」

「……凜々。俺もあの時、隣りに友達がいた。でも、力を得たのは俺だけだったよ」


 だからこそ、あんなことになった。


「でも、可能性はありますよね? 力を得て生き残ってるかも知れません」


 凜々の声音は友達の生存を信じているというより、信じたいと思っているように聞こえる。それもそうか。一緒にサバゲーのチームを組むほど仲が良かったんだから。


「友達が同じように力を得ているなら協力してくれるはずです。家族を見付けるのだって人手が多いほうが結果的には早くなると思うんです」

「……急がば回れ、か」

「どう……でしょうか」


 たしかに二人で人捜しをするとなると厳しいかも知れない。妙な力を持っているとはいえ、俺たちはつい最近までただの高校生だった。化け物を首尾良く狩れるようになったとはいえ危険は常に付きまとう。もっと味方が必要だ。


「……そう、だな。可能性はゼロじゃない」

「じゃあ!」

「あぁ、凜々の友達を捜そう」


 力を持っているとは限らないし、持っていない可能性のほうが高い。でも、凜々の友達がもしまだ生きているなら俺は助けたいと思う。それはあの日、あの屋上で、俺が出来なかったことだから。


「やった! ありがとうございます! 蒼空くん!」

「でも」


 喜ぶ凜々に釘を刺す。


「覚悟はしておいてくれ」


 死に見境はない。俺たちの家族や友達だけが都合良く生き残っているとは限らない。もしかしたらすでにこの世にはいないのかも。その覚悟だけはしておかなければならないと思う。


「――はい」


 凜々は静かに返事をした。


「じゃあ改めて凜々の友達を捜しに行こう」


 今後の目標は凜々の友達捜しだ。

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