第10話 新しい仲間
感電死させた化け物を凜々は水球に閉じ込めて持ち運ぶことにした。
実はこの運搬方法はかなり革命的で水球に閉じ込めているから血の匂いが拡散しない。ショッピングモールでこの方法を思いついていればゾンビに襲われることもなかったかも知れないくらいだ。
とはいえ過ぎたことを気にしてもしようがない。これから水球を活用して運搬を楽にしてもらおう。と、帰路を進んでいると狼の化け物が民家の敷地に入っていくのが見えた。
「あんなところに?」
何かあるのかと気になって近くに寄ると、庭に数体集まっている様子。民家の掃き出し窓を睨み付けるようにしながら唸り、うろうろとしている。
「なにをしているんでしょう?」
「獲物を狙っているようにも見えるな」
「中に人が?」
「かも。助けよう」
「はい」
凜々が雨を降らせ、そこに稲妻を流す。いつもの方法で化け物を一掃し、死体を避けて庭へと向かう。掃き出し窓のカーテンは開いていて中の様子が見えていた。
「誰もいない」
庭を出て玄関へと向かい、扉に手を掛けてみる。
「開いてる、か」
ゆっくりと玄関扉を開けて中へと入る。
「すみません。誰かいますか?」
すこし大きめの声を上げてみるが中からの返事はない。
「凜々はここで待っててくれ」
「わかりました。これと一緒じゃ入れませんしね」
水球を携えた凜々を玄関先で待たせて民家の中へ。緊急時に備えて靴はそのまま。土足で綺麗な廊下を汚しながら一部屋ずつ様子を窺った。
「誰かいませんか?」
静まり返った室内に俺の声が響いて消える。家の中は酷い有様で乱暴に荒らされていた。押し入れやタンスにもその形跡は及んでいる。
「火事場泥棒か……酷い、とは言えないな。俺はもう」
背中のリュックがやけに重たくなった気がする。
「ここは?」
一階をある程度調べ尽くし、最後の部屋を開く。そこは庭から見えていた掃き出し窓がある部屋だった。ここはすでに見ている。ほかの所を見に行こうとしたところ、ふと窓の死角にケージがあるのに気付く。
「まさか……」
ケージの中には一匹の小型犬が丸く蹲っていた。
「犬……だから化け物が」
この犬を喰うために、化け物たちは庭にいたんだ。
「あいつら腐った肉は喰わないから……」
犬に触れてみるとまだ暖かい。腹が脈打つのが伝わってくる。だが周囲に食べられるものもなく自動給水器に水もない。なにも食べられていなくて弱っているのか。
「どうするか話し合わないとだな」
掃き出し窓を開けて庭に顔を出す。
「凜々、見付けた」
「どんな人で――あ、わんちゃん」
「どうする? 助けられるけど……」
「……ペットを飼う余裕はない、ですよね」
「あぁ」
俺たち二人で食べていくのに精一杯。ペットを飼う余裕があるなら、その分俺たちの腹に入れたほうがいい。
「見て見ぬ振りをするのが一番だってわかってます。でも」
「あぁ、キツいな」
助けられるのに助けないのは、助けられないことより残酷なように思える。
「ど、どうにかなりませんか?」
「俺だって出来るなら助けたいけど」
余裕がないのも事実だ。
「な、なにかの役立つかも」
「役立つって番犬とか? 室内犬だしな……」
役に立ちそうには思えない。
「そうですよね……」
凜々の心情を表すように、化け物を閉じ込めた水球が高度を落とす。それを見て一つ閃いた。
「……それか毒味役」
「毒味、ですか?」
「あぁ。遅かれ早かれ化け物を喰わなきゃ飢え死にだ。でも、化け物を喰って平気かはわからない。だから、先に喰ってもらうんだ」
これなら連れて行く理由に十分なる。
「今はそれくらいしか浮かばない」
「そう……ですね。このまま放っておくくらいなら」
「あぁ、連れて帰ろう」
俺たちはこの死にそうな室内犬を連れて帰ることにした。
「偽善ですよね……」
「食い物の安全を確かめてもらうためだよ」
自分に言い聞かせるように、言い訳をするみたいに言葉を交わす。
「探せばドッグフードくらいあるはず」
凜々に犬を預けて家の中を探索する。するとすぐに封の開いたドッグフードと名札を見付けた。
「名前がわかった」
室内から玄関に戻ると凜々は手の平から水を飲ませていた。
「ポメラニアンのミカンだ」
「ミカン……」
水を飲んで元気が出たのか、名前を呼ばれて薄く瞼が開く。
「行こう」
「はい」
必要なものを手にして民家を後にし、拠点へと急いだ。
§
鮫だかイルカだかはっきりしない化け物は大きくでまな板に収まりきらない。なのでブルーシートを敷いて、その上で解体することにした。
手順は三枚おろしと変わらない。この化け物には鱗がないので鱗取りの手順は省く。腹部を開いて内臓を取り出し、頭を落とすために包丁を沈める。そうなると障害になるのが骨だ。巨躯の支柱となる骨は硬くて包丁では歯が立たない。
なので凜々に撃ち抜いてもらう。
「行きますよ!」
引き金が引かれ、銃口から放たれた水弾が骨を打ち砕いて頭を跳ばす。
「やるぅ!」
「えっへん!」
頭が落ちればあとは身を切り分けるだけ。二人がかりで悪戦苦闘しつつも三枚おろしにして一息を付く。あともう少し。おろした身の一部を台所へと持って行き、細かく切り分けていく。
「生で食べても大丈夫でしょうか?」
「そうだな。寄生虫とかもいるかもだし、焼いたほうがいいかも」
少量の油を引いてたフライパンに刺身を投入。焼き上がったそれを更に細かく解して一応の完成。
「ドッグフードに混ぜて食べさせよう」
「食べ慣れているはずですし、そのほうがいいですね」
民家から持ってきた皿にドッグフードと混ぜたものを入れてミカンの前に出してみる。
「食べられるでしょうか?」
「食べてくれるといいんだけど」
ミカンの鼻がぴくりと動くと、よろよろと立ち上がった。皿の中を見て匂いを直接嗅ぐと躊躇いがちに一口食べる。そうなると勢い付いたようにがつがつと食らい付いた。
「よかった。食べてますよ!」
「あぁ、よかった」
瞬く間に食べ尽くしたミカンはすこし水を飲んでから眠りにつく。寝息もしっかり立てているし、化け物を食べても直ちに影響はなさそうだ。
「目が覚めて大丈夫そうなら、俺たちも食べてみよう」
「はい。生きててね」
起こさないようにそっと凜々はミカンの頭を撫でた。それから数時間後のこと。暇つぶしに映画を見ていると足下をふさふさとしたものが通る。
「お、起きてきた」
足下にいたミカンを拾い上げると、元気そうな息づかいがした。
「よかった。ちゃんと生きてますね」
「あぁ、ほら」
隣りの凜々に渡すと愛おしそうに抱き締める。抱かれ慣れているのか、ミカンも大人しくしていた。
「自力でここまで歩けたし、尻尾もしきりに動いてる。元気そうだな」
「ですね。これで安全確認もばっちりです」
「連れてきて正解だった」
「はい!」
甘えた声を出すミカンの頭を俺も撫でる。新しく仲間が加わった。
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