第7話 逃走劇


「走れ!」


 飛沫を上げて骸の側を駆け抜け、裏門から出てホームセンターの敷地を後にする。背後からは大量のゾンビと化け物が迫り、一秒だって足を止めている暇はなかった。


「ま、前からもっ!」


 この騒ぎを聞きつけてか、野次馬のように民家や店からゾンビが現れる。それを追い抜くようにして化け物までもが追加された。この辺にいるすべてのゾンビと化け物が集結しつつあるように思えて焦りが募る。


「絶対に足を止めるな!」


 全身に稲妻を纏い、雷撃を放って牙を剥いた化け物を排除する。凜々も走りながらライフル銃を構え、飛び掛かった化け物を撃墜した。次々に迫る化け物を返り討ちにし、足の早い脅威はあらかた片付く。

 だが次は足の遅いゾンビの第二波がくる。


「ごめんなさい!」

「くそッ!」


 水の弾丸がゾンビの足を撃ち抜いて転倒させる。俺もそれに習い雷撃で腐った足を吹き飛ばす。噴き出した血飛沫から目や口を守りながらゾンビの包囲を突破。決していい気分がしないまま、どうにか道を切り開いた。


「前方クリア!」

「よし! なら、あれをやろう。奴らを濡らしてくれ!」

「はい!」


 立ち止まった凜々が銃口を持ち上げ、射出した水弾が弾けて雨になる。土砂降りに撃たれて濡れたところへ雷撃を見舞い、一度に大勢を巻き込んで感電させた。


「よし、これでかなり減ったはず……」


 感電死したのは足の早い化け物だけ。ゾンビは未だ健在。だが、その足は亀の歩みだ。ゾンビの層が後続の化け物たちを足止めする形となり、これで距離が稼げた。


「行きましょう! 早く!」

「あぁ!」


 止めていた足を動かして逃亡を再開する。


「橋ですよ! 橋が見えました!」

「よし! 合図したら跳ぶぞ。三、二、一。跳べ!」


 凜々とともに大きく跳躍し、磁界で浮遊させた瓦礫の足場に足を掛けた。瞬間、ぐらりと大きく沈み込み、靴の踵が水面に触れる。それでも何とか瓦礫の足場は再浮上した。

 まだ頭が働く化け物たちはその場で立ち止まり、ゾンビは構わず足を進めて大量に川へと落ち、溺れて沈んでいく。


「はぁ……はぁ……た、助かりましたぁ」


 いまので緊張の糸が切れたのか、凜々の腰が抜ける。


「俺もだ……」


 俺も人のことが言えない状況で、同じようにへたりこんだ。目の前には怨めしそうにこちらを睨む化け物の群れがある。奴らはこちらと溺れたゾンビを何度か交互に見てから諦めたように帰って行った。

 それを見届けてから一息をつき、足腰に力を込めてゆっくりと立ち上がる。


「さぁ、もう一頑張りだ」

「ですね。行きましょう」


 凜々に手を貸して立ち上がらせ、残りの瓦礫を浮遊させた。橋を渡り、ゾンビと化け物に注意しつつ拠点へと帰路につく。今度は大群に追われることなく、無事に帰ることが出来た。


§


「えーっと。たしかここをこうして……」


 日が傾いて来た空の下、持ち帰った蓄電池を設置し、凜々が使えるように手を施す。ホームセンターから持ち帰った工具が早速役に立っていた。


「そんなのどこで憶えたんだ?」

「友達に教わったんです。一人でも出来るようにって」

「凜々の友達ってスーパーガール?」

「はい。それに知識は武器だって口癖みたいに言ってましたよ」

「違いない」


 世界がこうなって身に染みる言葉だ。


「出来ました!」


 額の汗を拭い、凜々が立ち上がる。


「じゃあ、見張り交代」


 入れ替わるように蓄電池の前に立って手を伸ばす。指先で触れ、手の平を置き、真新しい蓄電器に稲妻を流しこむ。


「今度はちゃんと蓄えてくれよ」


 祈るような気持ちで電気を送り続けることしばらく。


「まずはこれくらいで様子見しとこうか。凜々」

「はい」


 ある程度充電できたはずなので、改めて凜々に操作してもらう。


「これでよしっと。中に入ってみましょう」

「ちゃんと付いてくれるといいけど」


 拠点に入って鍵を閉め、真っ暗な室内に明かりを付けてみる。一瞬の明滅に不安を煽られたが、それを払うように証明が光を放つ。


「――復活だ!」

「やりました! ちゃんと動いてますよ!」


 二人して大はしゃぎしながら、文明の利器の有り難みを噛み締めた。蓄電池の電力が無くなればまた俺が充電すればいい。これで当面の間は文明的な生活ができる。


「ふぅ……安心したら腹が減ったな」

「じゃあ、ご飯にしましょう。缶詰と缶切りを持ってきます!」

「あぁ、ありがとう。俺は飲み物を」


 化け物とゾンビの大群に追いかけ回されたが、なんとか目標を達成することができた。今日の飯はきっと格別だ。


§


「電気の確保も済んだし、次は食糧だな」

「ですね。衣食住の中でも一番大切なことですし」


 開いた缶詰に目がいく。この缶詰だって無限にある訳じゃない。なくなったら探しにいかないと。場合によっては泥棒のように民家を漁ってでも。


「服は探せば簡単に見付かると思う。化け物やゾンビには不要のものだし」

「となると、やっぱり問題は食べ物ですね」

「あぁ、コンビニの食料もいずれはなくなる。そうなったら自分たちで用意しないと。川で魚を釣って、野菜の種をまく。それから……あー」


 言葉に詰まる。


「化け物を狩る、ですよね」

「あいつらは人を食ってる。なるべく食べたくはないけど」

「贅沢は……言っていられません」


 ゾンビは論外。倫理的にも、心理的にも、衛生的にも、健康的にも、だ。


「でも、狩ることはできても、解体できるでしょうか?」

「その辺が問題だよな。ネットが使えれば方法くらいわかるんだろうけど」


 携帯の電波はいつ確認しても圏外だ。


「こういう時、デジタルは弱いよな」

「ですね……あ、アナログなら!」

「そうか、本。本屋に行けば見付かるかも!」


 今後の方針が固まった。


「今日はゆっくり休んで明日、本屋に行ってみよう」

「そうですね。じゃあ、それまで映画鑑賞をしましょう!」

「いいね。おすすめは?」

「ならおすすめは、これ! ラブロマンスですよ!」


 そうして映画の鑑賞会が始まる。

 ゾンビパニックものじゃなくてよかった。

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