第6話 ホームセンター

 引き金が引かれ、銃口から水の弾丸が飛ぶ。それは狂いなく標的を撃ち抜き、青空を旋回する化け物を撃墜した。


「お見事」

「えへへ、射撃は得意なんです」


 照れくさそうな笑みが凜々に浮かぶ。


「しかし、どういう原理なんだ? それ」

「これですか? ただ水を込めて撃ってるだけですよ。詳しい原理はわかりません!」

「胸張っていうこと? まぁ、俺もどうやって雷だしてるかわからないけど」


 この妙な力自体が非科学的なものだし、原理なんてどうだっていいか。


「ほかに化け物はいないな」

「はい。行きましょう」


 移動を再開し、崩壊した街を歩く。小さな瓦礫を蹴飛ばし、崩れた瓦礫を避け、横転したトラックの側を抜ける。化け物やゾンビをやり過ごして進むと、遠くにホームセンターの立体看板が見えてきた。


「この先の橋を渡れば……嘘だろ」

「そんな、橋が」


 角を曲がった先にあるはずの橋。数多の鉄骨で構成された頑丈なそれが、バラバラになって落ちていた。半ばから崩壊し、積み上がった瓦礫が水面から顔を出している。


「水深も浅くないな」

「しようがありません。迂回しましょう」

「あぁ……いや、待った」


 崩れた橋の先端に立って、瓦礫を見下ろす。幾つかの塊になったそれからは折れ曲がった鉄筋が生えていた。


「行けるかも」

「え?」


 全身に稲妻を纏い、磁界を発生させる。磁力で瓦礫を掴み、飛沫を上げて浮かばせる。それらを連結させて道を作った。


「わぁ!」


 パズルをするようにきっちりかっちりとは行かないが、二人が通れるだけの幅は確保できた。稲妻を纏ったまま、恐る恐る浮遊する瓦礫に足を乗せる。


「大丈夫……そうかな」


 何度か踏みつけて確認し、ゆっくりと全体重を乗せる。


「おっと」


 流石に重いのか沈み込んだが、浅くに留まってくれた。これなら十分に渡れる。俺より凜々の体重のほうが重い、なんてことはないだろうし。


「凄い。そんなことまで出来ちゃうんですね。びっくりしました」

「俺も正直びっくりしてる。さぁ、行こう。俺が先に行くから」

「はい。付いていきます」


 足場を確かめながら前進し、どうにか橋を無事に渡る。凜々が渡り切ると磁界を解除し、浮いていた瓦礫が一斉に落ちた。大きな音と水飛沫が上がり、橋は再び崩壊する。


「大迫力ですね」

「向こう岸にも観客がいるな」


 音に釣られてかゾンビや化け物の姿が向こう岸に見え始めた。


「ここも危ない。はやく行こう」

「そうですね。後ろは任せてください」


 互いに互いを庇い合いながら、ホームセンターへと急いだ。


§


「ここだ! けど」

「ゾンビと化け物でいっぱいですね」


 ホームセンターの駐車場にはゾンビと化け物が大量にうろついていた。急いで横転した自動車の陰に隠れ、ひっそりと様子を伺う。


「どうしてゾンビは化け物に襲われないんでしょう?」

「さぁ、屍肉が舌に合わないとか? 俺も道ばたで死んでる動物を喰うのは嫌だ。立って歩いてるなら尚更」

「意外と好みにうるさいグルメなんですね、化け物も」


 なんて冗談を言っていても事態は良くならない。対策を練らないと。


「できればゾンビは相手したくないな」

「元は人間……ですからね」

「あぁ……それにどうしてゾンビになったのかもわからない。映画とかゲームでよくある噛まれたら終わりのパターンだったらかなりヤバい」


 血飛沫が目や口に入っただけでもアウトかも。少し前にホテルでやむを得ず無茶をしたけれど、ああいうのは二度と御免だ。現実と創作の世界は違うとわかっていても可能性が脳裏を過ぎる。

 変わり果てた姿とはいえ元は人なこともあって、なるべく相手にしたくない。


「なら、忍び込むしかないですね」

「だな。裏に回ってみよう」


 なるべく音を立てず慎重に移動する。正面を迂回して裏に回り裏口が見える位置につく。物陰に隠れて再び様子を伺った。


「よし、こっち側には化け物しかいない」

「でも、数は多いですよ。十はいます」

「ちまちましてると表の大群に気付かれるな」


 そうなったらかなり危険だ。蓄電池がどうのと言っていられない。


「雨でも降ってくれたらな。雷で一網打尽に……」


 顔を見合わせる。


「それだ!」


 凜々がスキルを使い、化け物たちの頭上に雨を降らす。十分に濡れたのを確認して物陰から手を伸ばし、指先で水溜まりに触れる。瞬間、全身に稲妻を纏い、水溜まりを介して魔物たちに電流を流し込んだ。


「ギャフ……」


 突然の雷撃に魔物たちは為す術なく感電し、そのままばたりと地に伏した。


「作戦成功!」

「いえい!」


 ハイタッチを交わして意気揚々と裏口へ。化け物の死体を跨いでドアノブに手を伸ばすと、鍵は掛かっていないようでするりと開く。おっかなびっくりに中の様子を窺って見たが、ゾンビや化け物の気配はないように思えた。


「慌てて逃げたんだな、店の人。鍵を掛ける暇もなかったか」

「そうですね。でもお陰でこじ開けずに済みましたよ」

「だな。凜々のマスターキーも出番なしだ」


 銃と言う名の、ではあるけど。


「中には誰もいなさそうだけど慎重にな」

「はい、もちろん」


 互いに頷きあって扉を潜り、蓄電池を求めて奥へと進む。普段は見ない店の裏側を通り、薄暗い店内を捜索していく。幸い、中には本当にゾンビも化け物もいないようで外とは違って平和だった。


「案内を見るにこの辺りですね」


 天井からぶら下がった案内札を頼りに蓄電池がありそうな棚を進む。


「あっ、見てください」


 伸ばされた指の先を見ると目的の蓄電池があった。いくつか種類があって凜々は一番容量の多いものに目を付ける。


「これを充電したとして、どれくらい持つ?」

「どれだけ家電を動かすかによりますけど、節約すれば何日かは持つはずです」

「よかった。これでどうにかなるな」

「はい。すぐに運び出しましょう」

「待った。折角来たんだ。必要なものを持って行こう」

「そう……ですね。探してみます」


 蓄電池は一旦、そのままに。並べられた文明の利器を見ていくと、ふとあるものが目に止まる。


「工具箱か」


 手に取って開いてみると、レンチにトンカチ、ドライバーと役立つものが入っていた。


「必要になるかも」


 閉じて、持って行くことにする。釘の束もいくつか見付け、ほかにも電動工具の幾つかを持つ。それから目に付いた役立ちそうなものを片っ端から回収してから凜々と合流する。二人で蓄電池を運び出してレジの付近にあった段ボール箱に全てを詰めた。


「お、重い。運ぶの一苦労ですね」

「大丈夫、こうすれば」


 稲妻を纏い、磁界を発生させ、近くの台車を浮かせ引き寄せる。


「なるほど」


 店内にあったゴム紐で段ボールを台車に括り付け、ガムテープで補強すれば完璧。これで準備完了だ。

 最後にレジの前に立ち、財布を取り出して開く。残された金額は千円札が数枚と、小銭がすこし。これだけの量を持って行くには、まったく足りていなかった。


「足りないですね」


 凜々も財布を開いている。


「あぁ、そうだな」


 沈黙がすこし続く。


「いずれは金が尽きてたんだ」


 財布から学生証を抜いて、レジカウンターに置く。


「遅いか早いかの違いで……しようがない」

「……そうですね」


 凜々も同じように学生証を抜いた財布を隣りに置いた。それから数秒、ただ財布を見つめて覚悟を決める。


「行こう」

「えぇ」


 財布と一緒に、世界がこうなる前の名残を置いて、この場を後にする。磁界で浮かせた台車をぶつけないようにしつつ店の裏側を通って裏口から外へ。

 だがドアノブを捻り、扉を開いたところで不用意だったと気付く。

 殲滅した化け物の骸の中で、生きた個体が一体こちらを睨んでいた。俺たちが中で荷物を運んでいる間に現れた新手。考慮すべきだったが、もう遅かった。

 即座に凜々がライフル銃を構えて引き金を引くが間に合わない。


「ワォオオォオオォオオオオオォッ!」


 化け物は雄叫びを上げて、撃ち抜かれながらも仲間に伝えた。獲物がここにいると。


「あぁ、不味い」


 共鳴するように呻き声と獣の声がする。左右からどんどん迫ってきている。表の大群に気付かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る