第8話 ショッピングモール


 展示されていたリュックサックを手に取り、衣服の売り場へと向かう。

 ここはショッピングモール。生活に必要不可欠な物資を求めて凜々と二人でやって来た。なるべく動きやすく、汚れが目立たない色合いの服を選んで詰める。下着や靴下もまとめて押し込み、リュックを背負った。


「蒼空くん」

「どうかした?」


 呼ばれて駆けつけると、衣服一式を二着持った凜々がいた。


「どっちが似合うと思います?」

「……凜々」

「お願いします! どっちかしか入らないんです!」

「じゃあ……」


 人差し指を伸ばして二着の間を行き来させる。片方は白がベースで、片方は淡い色合いの青が目立つ。自分なりの意見で青いほうに指先を向けると、凜々の表情が微かに険しくなる。試しに白い方に指先を向けると、表情が和らいだ。


「そっちの白いほうがいいと思う」

「やっぱり! そうですよね! よかった、私こっちにします!」


 どうやら正解を選べたようで凜々は笑顔で衣服一式をリュックに詰めた。


「これで衣服の調達もできた。次は」

「本、ですね」


 衣類売り場から出て、通路の端により下の階に目を落とす。ショッピングモール一階の広い空間には複数体のゾンビが彷徨っている。幸いなことにまだ俺たちの存在には気付いていない様子だ。


「本はこの先だ」


 背を低くしながら移動し、本の売り場へと辿り着く。内部にゾンビや化け物の気配はなく、本棚の陰に注意しつつ目的のものを探した。


「――お、サバイバル術か」


 初心者向けサバイバル術講座という本を見付けて手に取る。開いてみるとわかりやすいイラストつきで色々な情報が載っていた。


「どんなことが書いてあるんですか?」

「そうだな。水の確保の仕方とか、濾過器の作り方とか」

「それなら必要ないですよ。私が水を出せるので」


 そう言って凜々は手の平に水の玉を作ってみせる。


「前から思ってたけど、それって飲めるのか?」

「はい、実験したので」

「自分で飲んだ?」

「いえ、川から魚を捕ってきて飼ってるんです。水槽に注いだ水の中でまだ元気に生きてますよ」

「なら、大丈夫か。でもまぁ、一応な」


 サバイバル術の本をリュックにしまった。


「あ、これじゃないですか?」


 続けて探していると、凜々が一冊拾い上げて俺に見せてくれる。タイトルは美味しいジビエ。開いて読んでみると、狩猟した鳥獣の解体方法から調理法まで詳しく載っていた。


「お手柄。これで手順はわかった」

「あとは実践あるのみ、ですね。実践……」

「億劫になるのはわかるけど、必要なことだよ。俺たちには」

「ですね。ちゃんとやらないと」


 襲われたから、襲おうとしたから、襲われる前に、殺さなければならなかった。それにはもうある程度、納得している部分が在るけれど、今度はその骸の皮を剥ぎ、解体して食べなくてはならない。

 世界が崩壊して幾日が経って自分でもかなり感覚が麻痺してきたと思うけれど、やっぱり死体の解体となると憂鬱な気分にはなる。

 自ら狩猟免許を取って山に狩りにでも行かない限りは大凡、経験し得ないことだ。どうしても精神的な抵抗は消えない。でも俺たちは今までそれを誰かに押しつけて、スーパーに並んだ肉を買っていた。今度は俺たちが自分の手でやらなくちゃならない。


「――なんだ?」


 思考が巡る中、店内から本が崩れたような音がした。咄嗟に身を低くし、本棚の陰からひっそりと顔を除かせる。


「グルルルルル」


 低い唸り声がして視界に映り込んだのは一体の化け物。相変わらず犬とも猫とも付かない、狼のようでもある奇妙な姿をしている。奴はこちらに気づきかけているのか、しきりに鼻を動かして周囲の匂いを嗅いでいた。


「ちょうどいい、あいつで試そう。感電させると焼けて解体しづらくなるかも」

「わかりました。任せてください」


 位置を買えて、凜々が銃口を向ける。狙いを定めて引き金を引き、見事一撃で魔物を仕留めて見せた。


「お見事」

「ワンショットワンキルです」


 得意げな凜々と共に死体へと近づく。完全に息の根は止まっていて、血が床を赤く汚している。


「よし、運ぼう」

「でも、どこに?」

「そうだな……たしか鮮魚コーナーの裏に厨房があったはず」

「じゃあそこまで運びましょう。後ろ脚のほうを持ちますね」


 二人で化け物を持ち上げ、背を低くしつつも本売り場を出て厨房を目指す。傷から滴り落ちる血液が進んだ道をなぞるように点々と続く。それが一階へと続く階段付近にまで伸びると、そこからすこし背を伸ばして一階の様子を窺う。

 そこで違和感に気がついた。


「いない?」


 あれだけいたゾンビが見当たらない。なにかが可笑しいと思い始めたその時だった。


「あぁあぁあ……」


 呻き声が真後ろから聞こえ、振り返ると無数のゾンビが迫ってきているのが見える。


「不味いッ」


 すぐに階段を下ろうとしたが、階段の先にもゾンビが集まっていた。


「な、なんでっ!? 見付からないようにしてたのに」


 凜々が取り乱す中、俺は見ていた。足のないゾンビが這い蹲って進む中、時折止まって床を舐めている様子を。色の抜けた舌に乗る、鮮やかな赤色。


「血だ。血の匂いで寄ってきてる」


 迂闊だった。

 ゾンビのくせに嗅覚は生きてるなんて。


「こいつは捨てよう! 蹴り落とすぞ!」

「は、はい!」


 階段を上って来ているゾンビに向けて化け物の死体を蹴り落とす。転がった死体はゾンビを巻き込んで下まで落ち、夥しい量の血を流しながら貪り喰われる。俺たちが解体して食うはずだった獲物が蹂躙されるのを横目にしつつ急いで階段を下る。


「このくらいでいいか」


 その半ばほどで手すりに足を掛けて飛び降り、一階へとショートカット。着地の衝撃で足が痺れたが、くじいてはいない。どうにか走れそうだ。


「来い!」


 合図を送ると意を決したように凜々は飛び降りた。着地店で待ち構え、両手でしっかりと抱き留める。よろめきそうになったが耐えられた。


「あ、ありがとうございます」

「大丈夫、行こう。奴らの食事が終わらないうちに」


 凄惨な光景に二階のゾンビも参加し、より血の赤が濃くなる。その様子に顔を顰めて目を逸らすようにしてホームセンターの出口に急ぐ。


「はぁ……はぁ……あいつら死んだ化け物は喰うんだな」

「そう……ですね……理由は、わかりませんけど」


 脱出した後は近くの物陰に隠れて息を整える。化け物狩りはまた今度、今は拠点に帰るとしよう。

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