第二話「魔法と図書館」4

 放課後に、私は家に真っ直ぐ帰らず図書館に来ていた。

 今はもう授業でも扱うことのなくなってしまった魔法について調べるためだ。昨日見た機械ネズミと会話をするカルミナと、最近起こっている残り香に関係があるのではないのか。

 やっぱりこんな街に今さら転校生がやってくるなんておかしい。

そう直感的に疑問に思いつつも、魔法についての知識が全くない私は何から手を付けていいかわからない。となれば図書館に行くのが一番の近道だろう。図書館は街でも教会に次いで古い建物だ。建てられた当時は魔法が健在だったのだから魔法について書かれた本もたくさんあるに違いない。

図書館は学校の近く、街の南にひっそりと建てられていた。

 司書さんに軽く会釈をして図書館に入る。地上二階、地下一階の図書館は地上部分が解放されている。中央に吹き抜けがあって二階を見上げることができる。一階には机とイスが置かれていて、座って勉強をしているクラスメイトの姿を確認する。

 リリーだ。

 毎日リリーが図書館に通っていることは知っているから驚くことではない。

 いつも以上に周囲に人を寄せつけない空気を張り巡らせて本を読んでいる。その横をすり抜けて、私は二階の奥にある魔法学の棚へと向かう。

棚一つを占めている魔法学の書棚の前に立ち往生をする。ほとんどが私には読めそうにない難解なタイトルか、そもそも外国語で書かれた本のようだった。新しいものでも百年近く前のものだから、言葉自体ちょっと難しいようだ。棚を眺めて、一番簡単な初心者向けのものを探す。

 と、背後に気配を感じる。

「ニーナ、何をしているのかしら?」

 びくっと肩がふるえるのを悟られないように、ゆっくりと振り返った。

「リリー」

 分厚い本を抱えたリリーが屈んだ私を見下ろしていた。

「ニーナ、魔法に興味があるの?」

「ええ、と」

 まさかカルミナが気になるなんて言えない。

「リ、リリーこそ。というか、それ読めるの?」

 私はリリーが持っている本を指差す。その古めかしい本には『魔法紋様解析学』と書かれていた。

「ええ、私は魔法に興味があるの。それに、この程度なら少しは読めるわよ」

「そうなんだ……」

 真面目な顔で嫌味でもなくリリーが答えるから、彼女は本当にこの本が読めるのだろう。

「それで、ニーナはどうして?」

「わ、わたしも魔法に興味があって……」

 完全な嘘ではないけれど正直とも言いにくいので言葉をにごらせる。

「ほんとにっ?!」

 普段見たことがないほど青い瞳を輝かせて、リリーが跳び上がってしまいそうなほどの声を出す。

 一階からごほんという司書さんの大きなせきが聞こえて、二人とも小鳥みたいに小さく縮こまる。棚の陰に隠れて膝を二人で付き合わせながら会話を続ける。

「ちょっと、どうしたのリリー」

「ごめんなさい。でも嬉しくて」

「どうして?」

「だって、魔法なんて時代遅れだ、ってお父様もお母様もいうから。誰にも話せないし」

 何とか心から溢れてしまいそうな感情を押し留めているような声で、彼女は耳打ちをする。

 誰にも言えなかったことを吐きだしてしまいたいみたいだった。

 確かに、今さら取り戻せない魔法に興味を持つ人は少ない。生まれたときから触れたことがない私たちはなおさらで、大人たちは思い出しても仕方ないと割り切っている。

 彼女はそうでなくても彼女はクラスからちょっと孤立しているのでクラスメイトにそれを打ち明けることができなかったのだろう。

「本当はここにある本はほとんど読んだわ! 私、外に行って、もっと魔法のことを勉強したいの。お父様はダメだって言うに決まっているけど……。そもそも魔法について勉強することなんて今さらないって」

「そうなの? 私、魔法のことが知りたいのだけど」

「どんな?」

 こぼれんばかりの笑顔のリリーに聞かれて、はっとする。そういえば魔法について調べようとは思ったけれど、魔法の何について調べようと決めてきたわけじゃなかったんだった。全く魔法については無知なのだ。

「ええ、と、でも何から調べていいか」

「そうね、私も最初はそうだったわ」

 うんうんと、リリーは何度もうなずいている。

「ええと、そもそも、魔法って何なの?」

「え?」

 思いつきで出した疑問に彼女は瞳を丸くする。

 意外と核心をついた質問だったみたいだ。

「それがね、よくわからないの。ここにある本には、どれも魔法石の加工と応用技術ばかりで、最初から魔法が存在していることを前提としているし……」

「そうなんだ」

 実際にあるから使う、というのは正しい姿勢かもしれない。

「あ、でも、もしかしたら地下書庫には何かあるのかも」

 一、二階の他にも、地下にも本が収められている。きっとスペースの都合上、あまり読まれない本を地下で保管しているのだろう。

「じゃあ、行ってみる?」

 リリーが首を横に振る。

「ダメよ、あそこは大人しか入らせてもらえないの。カギは司書が管理をしていて勝手には入らせてもらえないし……」

「ならしかた……」

「あ、そうよ!」

「ちょっと!」

 慌てて、リリーに顔を寄せる。耳を澄ませてみて、咳払いが聞こえてこないことに胸をなで下ろす。

「どうしたの、リリー」

「うん、ちょっと思いついたことがあって。ニーナ、こっちに来てくれる?」

 立ち上がったリリーにぐんぐんと引きつられて、図書館の隅に向かう。

「うん、ここが良いかな」

 手を伸ばしても届かない高さの本を見つめて、リリーが納得したように大きくうなずいた。

「何をしているの?」

「いいから、手伝って」

 壁に立てかけられていた脚立を重そうに持ち上げて、それを本棚の前に置いた。

「よいしょ、よいしょ、もうちょっと」

 リリーが脚立を登る。

「ニーナ、きちんと支えてったら」

 ぐらぐらとリリーが揺れる。彼女が二階隅の本棚の一番上の棚にある本をつかもうとしているのを倒れてこないよう、下で脚立を抑える。

「支えてるよ」

 片手でつかむには分厚すぎる本を両手で引き抜き、胸に抱えて慎重に降りてくる。

「これをどうするの?」

「まだわからないの?」

 小馬鹿にしたような言い方にちょっとだけむっとする。

 リリーはそれを知ってか知らずか無視をして、本をもともとあった棚の裏側に移動させた。

「これで、よし、と」

 リリーがにんまりと笑った。

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