第23話 王国の勇者
「しっかし、とんでもない水晶だな。催眠魔術を習得するのに5年かかったのが馬鹿らしく思えてくる。そんなもん持ってるならもっと早く教えてくれよ。」
バッツは、自身の専売特許が容易に再現された事実を嘆くよりも、便利な魔道具を見つけたことを喜んでいた。
「これは借り物なの。手に入れたのは最近よ。」
借り物と聞いて少し残念そうな表情をした後部屋を去ろうとする。
「まぁ、今回は助かった。催眠魔術ってのは疲れるんだ。おかげで依頼の前に消耗せずに済んだ。」
バッツが部屋を出るとレイナが横たわる僕に顔を近づけてくる。
「もう寝たフリはいいわよ。」
盗み聞きはバレていたか。
「どうして洗脳しなかったの?」
そう僕は洗脳されていない。
無意識下で暗示が働いてるなんてことも無い。
ただ、意識を失っていたただけ。
「なぁに?そんなに私の下僕になりたかった?」
はぐらかされてしまったが、レイナがバッツに僕を洗脳したと嘘の報告をしていることは分かった。
敵は一枚岩ではない。
しかし、目の前のこの女が味方であるとは考えにくい。
脱出の算段を立てるべく僕は辺りを見回す。
光源は蝋燭のみで窓の無い正方形の地下室。
扉も無く、あるのは1つの階段。
登った先は、質素な小屋の中。
出口が1つしかないうえにレイナに監視されている。
「僕、詰んでるじゃん。だったらもう…パルラーム…」
バリィィィィィィィィィン
その雷鳴は突然やってきた。
地上の小屋を覆っていた結界が一撃で砕け散る。
「おい、結界が!」
動揺した様子のバッツが階段を降りてくる。
「慌てないで、大丈夫よ。まさかこんな大物寄越してくるなんて…教会の連中どんだけムキになってるのよ。」
レイナは、実際の状況とは裏腹にどこか余裕を含んだ物言いをする。
----ゴーシュが監禁されている小屋の外----
結界には認識阻害の効果があったのだろう、アイビィが結界を破壊すると突然小屋が現れた。
アイビィとブルーノ、ゴルゴーン3姉妹のステノ、リュア、メディは小屋の入口へと向かう。
「止まれ!」
先頭を走るアイビィがブルーノ達を制止する。
その視線の先に突然、剣を腰に差した男が現れた。
「アクローマに頼まれたから来てみれば…あんたが邪魔しにくるってことは、今回は本物が釣れたか?というか、生き返るのは反則だろ。」
短めの茶髪にあご髭を生やした男はアイビィの生前を知っているような口ぶりで話す。
その瞬間アイビィは、ゴーシュが監禁されている小屋ごと吹き飛ばす勢いで男に殴りかかる。
しかし、その拳は男の剣によって受け止められる。
「赤い魔力とやらのためなら幼子も拉致するのか?"勇者"が聞いて呆れるのぅ。」
「悪いが、対象がどんな奴か知らないんだ。瀕死のアクローマに代わって"百面相"から赤い魔力の身柄を受け取りに来ただけだからな。それに俺らは生まれた瞬間からソレに殺意持ってんだぜ?少なくとも年上、子供なわけあるか。」
勇者と呼ばれた男の言い分が本当なら拉致には関わっていないことになるが…
ゴーシュが赤い魔力であることがバレてしまえばどうせ殺される。
であれば、今やることは…
「ここで殺されておけジン。我の仇討ちも兼ねてな。」
アイビィから膨大な魔力が溢れ出すと同時、ジンと呼ばれた男が後方へ飛ばされる。
ジンは受け身を取りながらも剣先から衝撃波を飛ばすが、容易に回避され空を切る。
「しまった…ブルーノ!」
回避した衝撃波がブルーノへ向かっていく。
しかし、ジンの攻撃は眼前で停止する。
「ホムンクルスで成功したんだ。自身の体で出来ない道理は無い。」
ブルーノの手足には、学会でメディに施したものと同じ幾何学模様の術式がタトゥーのように刻まれている。
物質へ呪いを付与することの応用。
術式を完成させた状態の呪術を自身に刻み、発動までの時間を極端に短縮する。
「停滞の呪い…お前ブルーノ・メラルダか!東の田舎もん共が嫉妬するのも納得だな。」
あの日、アクローマを前にして弟に守られていた。
弟を置いてアイビィを呼びに行くことしか出来なかった。
「トヨヒサの一族には悪いが折角手に入れたんだ。ゴーシュを守るためなら何だって利用してやる。」
弟を疎ましく思っていた頃のブルーノ・メラルダは、もういない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます