第22話 救出作戦

「ちょっとぉ、バッツ。本当にこの坊やが?」


腰まである長い黒髪を額の中央で分けた華奢な女が隣の男に問いかける。


「おい、レイナ。お前カインが言ってた特徴もう忘れたのかよ。こいつがジャイアントボアを傷も付けずに倒したメラルダの次男だ。」


バッツと呼ばれた男はカインから聞いたという。

カインがその話をする相手ということは…


「ギルドの人?」


「おぅ、察しが良いな。仕事を探してんだってな?」


さすが親友。既に話をつけてくれていたのか。

だが、なんだ?この違和感は…

カインが話を通してくれているのに拉致のような強引なことをする意味がわからない。


「ギルドの連中はお前に魔物の素材調達をやらせるつもりらしいが、そりゃあもったいねぇ。外傷を一切残さずに魔物を狩れちまうんだからよ…暗殺をやるべきだ。」


なっ!?暗殺…

けど、やれと言われたところで僕はこの力を暗殺なんかに使うつもりはない。


「お仕事の紹介は嬉しいけど暗殺はやらないよ。」


「誰も進んで受けてくれるとは思ってねぇ。おいレイナ。」


女が禍々しい魔力を放つ黒い水晶を持ってこちらへ近づいて来る。

それに見覚えはないが、放たれる魔力には身に覚えがある。

この全身に絡みつく泥沼のような魔力は…


「アクロー…がはっ」


(しーっ。まだバレるには早いの。)


殺したはずの勇者の名前を呟いた瞬間、レイナが僕の声帯を締め上げるように首を掴み、耳打ちしてくる。


「おい手荒な真似はよせ、未来の稼ぎ頭なんだ。洗脳が済むまで丁重に扱え。」


恐らくあの水晶が洗脳の魔道具だ。

魔術で破壊を…しまった、杖が無い。

まぁ、ご丁寧に杖まで一緒に拉致してくれる訳も無いか。

杖が無くても魔術行使は可能だが、アクローマの事を知るレイナに彼岸の魔力を見せるのは避けたい。


「あら悠長に考え事?あのきっしょい勇者も実力だけは確かだからね。ほら、おやすみなさい。」


なりふり構わず彼岸の魔力を使えば良かった。

躊躇った一瞬に水晶が光り…


僕の視界は暗転した。



----同時刻 メラルダ邸----

「アイビィ様、主様申し訳ありません。」


アイビィとブルーノの前でゴルゴーン3姉妹が膝をついて重い空気の中謝罪をする。


「よい。巫女の監視もあったじゃろ。留守にしていた我の責任だ。」

「過ぎたことはいい。居場所の特定と救出が最優先だ。」


ブルーノは握りしめた拳から血を垂らしながら唇を噛む。

聡明な彼はどのような状況であっても最悪の事態を想定してそれを回避するよう立ち回る。

今回の場合、"最悪の事態"は…


「……。」


空気は一層重くなる。


ゴーシュが昨晩攫われた。

ステノ、リュア、メディは宿にいる当代の巫女レイアの安否確認のため、どうしても領主邸を離れる時間ができてしまう。

普段であればアイビィがいるが、昨晩に限ってはサクにゴーシュ覚醒の件を伝えに行き留守にしていた。


「ゴーシュ!ゴーシュはどこ!?」


重苦しい雰囲気の中、突如ゴーシュの部屋前の廊下で声を荒げる少年が現れる。

その少年はノックもせず、ブルーノ達がいる部屋の扉を開ける。

部屋中を見回して親友の姿がないことに気が付くとその場に膝をつき俯く。


「うぅ、僕のせいでゴーシュが…どうしよう…」


涙を浮かべ自分の行いを悔いるカイン。

親友のために良かれと思ってやってしまった愚行。


「おい、それはそういうことだ?」


ブルーノが眉間に皺を作り問う。

カインは振り絞るように事の経緯を口にする。


「ギルドの依頼を紹介するようゴーシュに頼まれたんだ。だからジャイアントボアの噂は本当なんだ って自慢げに語って…父さんもマスターもギルドの皆がゴーシュのこと素材調達の逸材だって喜んでた。けど、アイツには言うべきじゃなかった。」


「アイツ?」


「バッツ。メラルダのギルドに暗殺依頼が来た時にマスターがよく委託してる奴だよ。アイツがギルドに来る時は子供を何人か連れてる。それに…殺しの現場にもその子供達は現れるって噂がある。」


カインの脳裏にあの時の凶悪な笑みが浮かぶ。

ゴーシュの話を聞いた時、バッツは口の端を吊り上げて何か企むよう笑みを浮かべていた。


「たぶん、アイツは子供を洗脳して殺しの道具にしてる。」


それを聞いたブルーノは何も言わない。


「何で、弟が攫われたかもしれないのにそんな平然としていられるんだ!ゴーシュはいつもお前を気にかけてたぞ!心配じゃないのかよ!」


廃遺跡から帰った後、兄と仲良くなれたと笑っていた親友の顔をカインは思い出す。

だからこそ、目の前のこの男が平然としていることが許せない。


「ゴーシュ様のご友人。主様の心情はあなたと同じ。」


カインはメディがそう言って指差す方へ視線を向ける。

ブルーノの足元、両脇の赤いシミ。


「ひっ…」


強く握りしめた拳は手のひらに爪が食い込み絨毯を赤く染めるほど流血していた。

平然としてなんかいない。

心配していない訳が無い。

弟の無事を願わない兄などここにはいない。


すると、沈み切った空気を一蹴するかの如くアイビィが口を開く。


「案ずるでない。我が、受肉を保って存在できているうちはゴーシュが無事ということだ。それに…かなり薄いがこの不快な魔力の残滓は見当がつく。」


居場所の特定はこの残滓を辿ればそう難しくはない。

この魔力の持ち主は、先日ゴーシュの魔術で死んだか生きていても致命傷だ。

であれば、この魔力はアクローマが作った魔道具か洗脳を施された者が発している。


「アイビィ。弟を救えるか?」


「愚問じゃな。そんなに心配なら帰りは手でも繋いでやれ。」


ゴーシュ・メラルダの救出は今、魔王によって約束された。

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