第19話 魂の共鳴

生前のジークは優秀な研究者として世間から評価されていたが、魔術師としては常に1つの問題を抱えていた。


 極端に多い魔力消費


彼が研究していたのは天候操作や軍用魔術といった大規模なものが主であった。

大掛かりな準備が可能な状況では有用だが、小規模な対人戦闘ではその燃費の悪さに悩まされていた。


「魔力はどのくらい残ってる?」


「彼岸の魔力だから無くなることは無いと思うよ」


この瞬間、生前に抱えていた悩みは過去のものとなった。

長年の課題は死後、彼岸を統べる不思議な少年との数奇な出会いによって…


遂に解決した。


「ゴーシュ、感謝してるぜ!」


魔力消費の問題は解決した。

であれば、自らに不死の呪いをかけ、恩人の兄を狙うあの男を全力で屠るのみ。


「氷剣をありったけアイツの頭上に生成してくれ!」


アクローマの上空に無数の氷で出来た剣が出現する。


ジークは改めてこの少年との出会いに感謝する。


「信じられねぇ。凝結の過程をすっ飛ばして生成してやがる。こんな魔力消費の多い術式を気兼ねなく使えるのか…」


思考が加速する。

魔力不足で断念してきた理論が凄まじい速度で構築されていく。


遠慮しなくていい。


実用性に固執しなくていい。


成せなかった魔術を成せる。


成れなかった理想に成れる。


ジークの魂から発せられる歓喜の念がゴーシュにも伝わる。

覚悟が決まったとはいえ、私的な目的のために死した者を利用する事実は頭の片隅に常に存在していた。

しかし、これほど大きな感情をぶつけられては…


「我慢や遠慮をしているほうが、失礼じゃないか!ジークさんやろう!やりたいこと全部!」


この"眼"に、特別なものが視える力に、気づいた時から決めていた。

魂を尊重しようと。

だから死霊術は学ばなかった。


だから落ちこぼれであることを受け入れた。


すべては目の前の哀れな魂を救うために。


けれど、今になってみればそれは僕にとって都合が良いからそうしていただけだった。

ただの主観で、思い込みで、自惚れで、一方的に救った気になっていただけだった。

今、僕の心象の中で喜々として魔術を行使する魂は。

ジークさんは。


"哀れ"でもなければ"救い"を求めてもいない。


僕は今、真の意味で目の前の魂と心を通わせる。


<共感する>

<同調する>

<共鳴する>

<理解する>


あの世とこの世


彼岸と此岸


僕とジークさん


これらを隔てる壁は無い。


脳裏にある言葉がよぎる。

既に彼岸と繋がっているこの状況では本来、意味を成さない言葉。


「‐‐‐‐‐‐‐ パルラーム・イタ ‐‐‐‐‐‐‐」


杖が震えだす。

先端の水晶はより一層、真紅に輝く。

心象の中では彼岸の花が紅の花弁を舞い上がらせる。


思考が拡がる感覚、自分ではない存在を受け入れる感覚。

だけど不快じゃない、心からそうしたいと思う。


もう杖からジークさんの声はしない。

けれど分かる。知っている。

まるで自分がそう考えているかのように…

互いの意志が融解する。


僕がそうしたのか、ジークさんがそうしたのか

思考した瞬間にアクローマの足元が凍りつく。


先程まであったジークさんからの指示は無い。

僕がその指示通りの現象を想像する事とも違う。


「「これは"僕""俺"らの魔術だ!!」」


僕の髪がメラルダの象徴である藍色から冬の雪原のような白色へ、ジークさんのものへと変わる。


【魂の共鳴】


死霊術や降霊術じゃない。

術式も理屈も存在しない。


僕らは今、1つになった。

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