第17話 覚醒

なにかとんでもない勘違いをされているような…


「遠き地で生まれた兄弟よ。互いに聞きたいことはあるでしょうが、まずはこの場を切り抜けましょう。」


まぁ、味方になってくれるというなら有難く頼らせてもらおう。


「勇者の相手を頼んでも?」


出来れば、目の前の不死者に集中したい。


「先程からなにか飛ばしてきているアイツも任せてくれていいんですよ。」


善意からの申し出だろうが、僕でなければ救えない。


「ダメ、あの不死者は僕が救う。」


足元に炎を収束させ、飛行魔術を使用する。

兄さんを逃がした時と同様に不死者に突進し、この場を離脱する。

これで1対1の状況に持ち込めた。


「痛っ…」


肩に何か刺さっている。

どうやら突進した際に不死者が先程から飛ばしていたものに当たったようだ。


「これは、氷?」


魔力から氷を生成して刃としての質量を持たせていたのか。

しかし、出力がかなり低い。

腐敗が脳まで浸食していて術式が不安定だ。

ならば、炎を展開している限り向こうに有効打は無い。


今までのように空間ごと彼岸に繋げれば魂を救うことは簡単だ。

ただ…


「それをすると勇者に赤い魔力が僕だと特定されてしまう。」


有効打が無いのは、お互いさまか。


「躊躇わなくていい。俺を焼いてくれ。」


不死者が氷魔術で攻撃しながら懇願してくる。


「でも、あなたはまだ生きている!」


魂と肉体の結びつきは完全に生者のそれだ。


「肉体が、という意味なら既に死んでいる。君の炎でこの永劫の地獄を終わらせてくれ。」


トヨヒサが言っていたことを思い出す。

"これが不死?魂に肉体が死んでいないと誤認させるだけのこんなものが?"


アクローマが施したのは不完全な不死の呪い。

ゴルゴーンの不死性とは比べることすらおこがましい、醜悪な呪い。


「本当はもっと魔術を極めたかった。」


魂から発せられる言葉に偽りは無い。

これがこの人の本心。


「その呪いが解ければまた魔術を使えるよ。」


こんな言葉気休めでしかない。

もし解呪が出来たとしてもその瞬間、この人は死ぬ。


「もう、いいんだ。最後に君の名前を教えてくれないか。この地獄から俺を救ってくれる恩人の名前を。」


あの時のゴルゴーンと同じだ。

目の前の魂はもう生きようとしていない。


「ゴーシュ・メラルダ。それがあなたを殺す外道の名前だよ。あなたの名前を聞いても?」


僕は、問う。

今から殺すこの人の名を。


「ジークだ。氷雷のジークなんて呼ばれてた。すまんな、こんな粗末な魔術しか見せられなくて。」


アクローマに呪われる前は、高名な魔術師だったのだろう。


「いいえ、あなたは最後まで立派な魔術師だった。」


壁のように展開していた炎に指向性を持たせる。

標的は不死者。

パチパチと肉の焼ける音がする。

受け入れたくない現実を前に僕は目を瞑る。

少しの光も通さないよう強く瞼に力を込めて。


「目を開けろ!逃げるな!」


前方の上空からアイビィさんが僕を怒鳴る。

兄さんが呼んできてくれたのか。


僕は固く閉じた瞼を開く。

目の前にあるのは、感謝の念を抱きながら死を待つ魂。

それに、生きながら絶命の瞬間まで焼かれ続ける肉体。


オ"ェッ


胃がひっくり返るほどの吐き気。

苦しい見たくない。


僕は、ずっと逃げてきた。

父さんが初めて死霊術を見せてくれた時だってそうだ。

民が戦場に行かなくて済むように研究塔の人達が開発した技術を、身勝手な理由で否定した。

目の前の魂を救うことを優先した。


そのくせ、ゴルゴーンの魂を偽りの器に閉じ込めて

"そうするしかなかった"と勝手に納得して…


そして今は、保身のために彼岸の魔力を隠して

"そうするしかなかった"とこの人を焼いている…

人を殺したことからは目を背けて、魂を救った事実だけを受け入れようとしている。


違う。そうじゃない。


僕が"そうすることを選んだ"


自分で救って、自分で殺した。


さようならジークさん。

僕は、僕のためにあなたを殺す。


「ありがとう。」


肉体から解放された魂は杖の先端にある水晶へ導かれる。


その後、急いで勇者のもとへ向かう。

ここで逃がせば兄さんは狙われ続ける。

僕も赤い魔力だとバレてしまえば狙われる。

もう迷わない。

覚悟はできた。


だから…


ここで殺す。


「ゴーシュ!すごいな!これお前の心象風景か?」


な、なんだ!?


水晶が喋った。

いや、この声は…ジークさん!?


まさか殺された恨みで化けて出たとか…


「ゴーシュ、冷気を想像して杖に魔力を流してみてくれないか?」


言われた通り彼岸の魔力を水晶に込める。

すると周囲の温度が急激に下がる。


「やっぱり、魔術の発現に必要な過程を魂で置換している。次は氷の剣を思い浮かべてくれ。」


氷の剣…

次の瞬間、僕の背面に4本の氷で出来た剣が現れる。

先程までの氷の刃とは比較にもならない程の冷気と硬度。


杖にこんな術式は刻まれていないし、僕にこんなことは出来ない。


「この現象を起こしているのは、ジークさんだ。」


そうとしか考えられない。


「正確には、ゴーシュが望んだ現象を俺の魂が触媒になって再現している。」


そんなことが有り得ていいのか。

魔術的な過程全てを無視している。


「ただ、俺にできないことは何を想像したとしても再現できないと思う。あくまで触媒は俺だからな。」


それが事実なら、僕は…


彼岸の住人が扱う全ての魔術を使える。


「ジークさん、力を貸してくれますか?」


たぶん、この能力には僕に協力してくれる意思が必要だ。


「あぁ。氷雷のジークが、さっきは出来なかったすごい魔術を見せてやる。」

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