第16話 祝呪の勇者とお兄ちゃん
「そう警戒するな。本当に勇者ならノックなどするものか。」
そう言うとアイビィさんは扉を開ける。
そこには20代後半に見える男が立っていた。
男性にしてはやや長めな黒髪に眼鏡をかけていて優しそうな印象を受ける。
「トヨヒサ・シホウインと申します。帝国のシャーラット魔術学園で呪術学の教授をしております。先程使用されていた術式について聞きたいことがございまして…」
トヨヒサと名乗った男は僕たちが警戒していることを感じ取ったのか、申し訳なさそうな表情をする。
「突然の訪問失礼しました。私は東門近くの宿を取ってるので今夜ご都合よろしければいらしてください。」
去った後、アイビィさんが僕に耳打ちをしてきた。
「あやつから微かに勇者の気配がした。」
もしそれが本当なら宿への誘いは罠だ。
今夜兄さんが宿を出るときはこっそり尾行しよう。
----同日、夜----
宿を出る兄さんの後方をこっそりついて行く。
「お時間頂きありがとうございます。少し散歩でもしませんか?」
トヨヒサがそう言うと2人は東門を出て夜の喧騒から遠ざかっていく。
人目を気にしてる…間違いなく罠だ。
「‐‐‐‐‐‐‐ パルラーム・イタ ‐‐‐‐‐‐‐」
怪しい素振りを見せたらすぐ介入できるよう彼岸と繋がる。
一挙手一投足を見逃さないよう注視していると…
音も無く、暗闇から白いローブを着てフードを目深に被った男が現れる。
「案内ご苦労。」
その瞬間、ローブの男から影が伸びトヨヒサを覆い隠した。
「その歳でこの私の呪詛を返すとは大したものだ。なぁ、ゴルゴーンの主人よ。」
そのことを知るのは、あの時廃遺跡にいた僕たちとゴルゴーンに呪詛をかけた本人…
勇者!!!
「兄さんっ!」
僕はイフリートの炎を足元に収束させ、飛行魔術で超低空飛行で飛び出す。
炎が推進力となり尋常ではない速度になる。
勢いをそのままに兄さんを抱えてその場を離れる。
「兄さん、アイビィさんを呼んできて。」
東門の近くで兄さんを降ろす。
「お前はどうするんだ!相手は勇者だぞ!」
呪詛返しの犯人として身元が割れてしまった以上、ここで逃げてもいつか襲われる。
兄さんのためにもここでアイツをなんとかする。
「お前に妙なもんが見えて、妙な力があるのは知ってる!だからって…」
分かってる。
心配してくれているのは。
でも…
「僕は、大丈夫。」
友から預かった暖かな炎が月下の闇夜を爛々と照らす。
「無理はするな…すぐアイビィを連れてくる。」
よし、兄さんは街に戻ったな。
ドォーーーーーーーーン!!!
勇者がいた場所から凄まじい音が響く。
先程と同様に高速の低空飛行で音の発生源へと戻る。
「教会の勇者が私を洗脳して何をさせたいのかと思えば。呪詛返しの復讐とはな。」
そこには、影に飲まれたはずのトヨヒサがいた。
「ちっ、洗脳が甘かったか。」
洗脳ということは勇者の仲間ではないのか。
じゃあ、どうして兄さんをここまでおびき出したんだ?
「勇者といえど、あの盗人に手出しはさせません。」
トヨヒサが強烈な殺気を放つ。
勇者に向けたものであると同時に兄さんへの殺意も孕んでいる。
この人は…敵だ。
「あなたは…あの盗人の弟か?」
盗人とは兄さんのことか?
一体何の話か分からない。
「兄さんは盗みを働くような人じゃない!」
誤解に決まってる。
「だったら!どうして我が一族相伝の術式を使っている!」
周囲の木々が軋む程の怒気が発せられる。
兄さんの術式。
極東の魔導書に憑いていたおじいさんの魂に教えてもらった。
確か、あの人の名前は…
「アキヒサさん。」
あの時、魔導書の内容を教えてくれた魂の名前を口にする。
「なぜ、その名を?」
怒気が一層強まる。
「アキヒサさんが術式を教えてくれたんだ。」
それを聞いたトヨヒサは、殺気を引っ込めてその場で何かを考え込む。
「そうか、小僧。アイツの弟か。利用価値はありそうだな。」
今まで静観していた勇者が口を開く。
勇者を中心に地面が黒い沼に変わる。
その沼から出てきた人間が僕めがけて魔力の刃を飛ばしてきた。
咄嗟に炎で壁を展開する。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
腐敗が進んだ肉体は声を出してない。
にも関わらず聞こえるこの叫びは…
「死霊術か。」
だが、死霊術にしては肉体と魂の結びつきが強すぎる。
「そんな高尚なものじゃないさ。私は教会の勇者、祝呪のアクローマ。これは…不死の呪いだ。」
アクローマが呼び出した人間がまた魔力の刃を飛ばしてくる。
だが、その刃が僕に届くことはなかった。
「これが不死?魂に肉体が死んでいないと誤認させるだけのこんなものが?」
そう口にしたのは、さっきまで何か考え込んでいたもう一人の敵。
そして今は、僕の前に立っている。
まるで僕を守るように。
「ブルーノの弟よ。名はなんという?」
おかしい。先ほどまでの雰囲気とは明らかに違う。
殺気を感じないどころか、今のトヨヒサが僕に向ける視線は兄さんが僕に向けるそれだ。
「僕は、ゴーシュ・メラルダ。」
それを聞いた目の前の男は勇者と向かい合い魔力を熾す。
そしてこちらを振り返り、優しい口調で…
「海の向こうの兄弟よ。ここから先は、お兄ちゃんに任せなさい。」
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