第12話 僕の杖

空飛ぶ美女とショタ。

メラルダ領があるイブル王国の国境を越え、今いるのはアルバス帝国の上空。


「アイビィさん行き先って帝国なの!?」


漆黒の長髪をなびかせコクリと頷くアイビィさん。

小規模な戦線とはいえ戦争中の国に行くのはやっぱり怖い。

捕虜にでもされたら…


あ、こっちには魔王がいるのか。


「着いたぞ。」


あの遠目に見える背の高い建物は本で見たことあるぞ。

シャーラット魔術学園か。

アルバス帝国の首都にある超名門学校。

王国のルセイブル学院にも引けを取らないと言われている。


ん?ということは…


「帝国の首都ぉぉぉ!!!」


敵陣真っ只中じゃあないか。


「こんな外れに人などおらん、見つかることはないじゃろ。それより、ほらここじゃ。」


視線の先には"魔道具"と書かれた看板のこじんまりとした1件の店。


「おーい、例の物を取りに来たぞー」


アイビィさんの声が聞こえたのか奥から20代前半くらいの男性が出てきた。

髪は雪を散りばめたような白色、目は細く薄くかろうじて空いており表情からは柔和で温厚な印象を受ける。


「お久しぶりですねアイビィ。今日は随分、歪な器でいらしたんですね。」


器…ホムンクルスのことかな?

兄さんとロアくらいしか知らないはずなのに一体何故。


「うるさい、ほら連れてきたんだからアレを寄越せ。」


連れてきた?この白髪の人は元々僕を探してたのか?

今僕を探してる人物…勇者!?

そんな…まさか、アイビィさん…


「そう警戒なさらないで下さい。私はサクと申します。あなたが考えてるような人物ではございません。そうでしょう?"魔王"アイビィ。」


アイビィさんが魔王だってことも知ってるのか。


「うむ、警戒は無用じゃ。今のお主に必要な物をこやつが持っていてそれを受け取る。それだけじゃ。」


僕に必要な物…


「アイビィ、本当にその子が?」


なんだ?僕を探してるけど確証が無いような物言いだな。


「確かめてみればよかろう。」


サクさんは頷き僕を真っ直ぐ見つめる。

そして口を開く。


「パルラーム・イタ」


「なっ!!!」


なんでその言葉を…

それは魔術のための詠唱ではない。

彼岸と繋がるための言葉だ。

だから、どの魔導書にも書かれているはずがないし知る手段も無い。

そもそも僕以外の人が口にしたところで彼岸に繋がれるとも思えない。


「間違いないようですね。」


僕の慌てっぷりを見て何かを確信したのか。

1本の杖を僕に手渡してきた。

長さは約120cm、木製のようだが見た目に反して軽い。

先端には透明な水晶がはまっている。


「それを握っているうちは、花が咲くことはありません。」


彼岸の花のことまで知っている。

この人は一体…


どうやらこれが目当ての物だったようでアイビィさんが店を出て帰ろうとしている。


「これをイフリートに渡して下さい。あの時のお詫びです。」


アイビィさんにもなにやら渡している。

水晶を2つ。


「こんなんで詫びになるもんか…ちっ、帰る前に寄る所ができた。」


イフリートって人の所かな?


「どこに?」


「イフリートの所じゃ。巨人温泉と言えばわかるか?」


アルバス帝国の超有名観光地 巨人温泉。

そこの名物が炎の巨人イフリート。


早速、僕たちは巨人温泉に向け移動を始める。

ただ、今回はお姫様抱っこではない。


「飛び方を教えてやる。彼岸と繋がれ。」


さっきまで頑なに彼岸の魔力を使用を禁じていたのに…

なにか意図があるのだろうか。


「‐‐‐‐‐‐‐ パルラーム・イタ ‐‐‐‐‐‐‐」


僕を中心に赤い魔力が渦巻き彼岸の花が咲き誇…らない。

あれ、どういうことだ?

いつもなら可視化される程濃密な魔力が周囲を満たすのだが今は何も変化はない。

その代わり…


「杖の水晶が真っ赤になってる。」


なるほど、この杖があれば彼岸の魔力を隠せるのか。


「彼岸と繋がるのは魔術を使う時だけにしろよ?常に繋がってると生者と死者の区別がつかなくなるぞ。」


それは、僕も分かってる。気をつけないと。


その後、1時間かけてアイビィさんに飛行魔術を教わった。

うん、燃費が最悪だ。

兄さんが見たら実用性が無さ過ぎて呆れるだろうな。

しかし驚いた。僕には才能が無くて魔術が使えないと思っていたが、魔力が無かっただけで少しばかりのセンスはあるみたいだ。

幸いにも彼岸の魔力は底が見えないほど膨大だから燃費の問題はクリアだな。


「では行くぞ。」


僕たちはイフリートのいる巨人温泉へ向けて出発した。

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