第9話 魔王

不思議な感覚だ。


ここが現実なのか、心象風景の中なのか。

境界が曖昧になりすぎてよくわからない。

意識…いや魂だけが放り出され、自分の視界に自分が映る。

そうか。今、僕の体には…


「ゴルゴオオオォォォン!!!」


声そのものに膨大な魔力が宿ってる。魔王を中心に地面が波打ち大気を震わせる。

体を借り受けた魔王は叫ぶ。あの時、自身の命に代えてでも逃がした部下の名を。


ゴルゴーン


そう呼ばれた魔物は兄さんを排除しようと伸ばしていた腕をピタリと止める。


「アイビィ…サマ?チガウ…ソンナハズワ…」


困惑。否定。驚嘆。

魂は沈黙し、肉体は硬直している。


「ったく。勇者共から命懸けで守った部下がこんなとこで死にかけてるなんてな。」


ゴルゴーンの魂から1つの感情が伝わってくる。

これは、懐かしんでる…?

しかし、それはすぐに塗り替えられる。


「ヤメロ。ニンゲン…オモイ…ダサセルナ…」


止まっていた腕を再び振りかぶり兄さんに向かって叩きつける。


キィーーーーン


兄さんの周囲に張られた障壁がゴルゴーンの腕を弾く。

どうやら守ってくれるのは本当のようだ。


「ちっ、しょうがねえ。不死性持ってんだ、痛いのくらい我慢しろよ?」


魔王が魔力を熾す。

ただ、それだけ。

詠唱や派手な魔法陣は無い。

たったそれだけで…


この場に夜が訪れた。


空は太陽を隠し、黒い雲と眩い雷鳴だけが存在を許される。


「アイビィ・サタナキアが!帰って来たのが、わかんねえのかぁぁぁぁぁ!!!」


魔王は天に掲げた腕を振り下ろす。


漆黒の空がより一層轟き、雷の束が降り注ぐ。


この時、メラルダの最奥に天地を跨ぐ光の柱が現れた。





空が明るさを取り戻し、僕の意識が体に戻る。

彼岸の花は散っていき、無数の魂は見る影も無い。


この場にいるのは兄さんと僕、ゴルゴーン。それに…


「ちゃーんと体は返してやっただろ?」


魔王アイビィ・サタナキア

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