第8話 重魂

「入試の時の復習にちょうどいい。一片も残さず送り返してやる。」


兄さんは、巨人の如く大きな頭部から呪詛の分析を始める。

幸いにもアレの肉体は微動だにせず暴れる気配は無い。


問題は頭部の呪詛が無くなったあとだ。

意識がはっきりして僕らが敵と認識されてしまえばそこで詰み。


それまでに僕がやるべきは…


「悲嘆の中の魂よ。どうか、この言葉に耳を傾けてほしい。」


対話。


彼岸へ強制的に連れて行くのは最終手段。


初めて赤い魔力を使った時と同じ、経験はないが確信してる。

僕ならできる。

この力の使い方を知ってる。


けれどまだ、まだ使わない。


覚悟が足りない。


魂のために肉体を殺してしまったら、生きとし生ける全てのものたちの敵になる。


そんな気がする。


だからそれは最終手段。


「 ・ ・ ・ 。」


先程までの頭を割るような叫び声は無くなり魂が落ち着きを取り戻した。


「お前が彼岸へと導いてくれるのか。」

「お前が呪詛から解放してくれるのか。」

「 ・ ・ ・ 。」


よし!言葉を返してくれた。


ただ、なんだ…この違和感。

なぜ声が同時に聞こえる。

それに魂から発する言葉で嘘はつけないはず。


「なぜ、彼岸に逝こうとしながら呪詛から生き延びようとしている」


矛盾。


「なにか見落としてる…」


兄さんの方を見ると呪詛の分析が終わったようで呪詛返しの術式を組み始めている。


歓喜と落胆。


呪詛返しの術式を見た瞬間、この魂から流れ込んできた感情。


「はっ!重魂!!」


重魂、1つの肉体に複数の魂。


「違和感の正体はこれか。だとしたら…兄さん!」


落胆した魂が兄さんを排除しようとするかもしれない。

その前に彼岸へ送る。

手段は選んでられない。

兄さんを助ける。


僕の中から蓋をしていたものがあふれてくる。


僕にしか扱えない魔力


僕のものではない魔力


濁流のように打ちつけ


抱擁のように包み込む


彼岸の赤い魔力


「‐‐‐‐‐‐‐ パルラーム・イタ ‐‐‐‐‐‐‐」


空間を満たす紅は、彼岸の花へと姿を変える


死後行きつく先があるならば、きっとこんな景色なのだろう



ジャイアントボアの時と同じように花弁を模った魔力を魂に向かって押し出す。


「ダメだ、これじゃあ送れない。」


アンデッドの魂を送るやり方は、生者の肉体に通用しない。


「なにかが足りない」


なんだ…他に僕が使えるもの…行使できる力…


それは、


「みんなだ。」


心象風景の中、輪廻の終着点。


そこにあるのは無数の魂。


「今だけ。みんなの力を借りてもいいかな。」


曖昧になる。


この世とあの世。


「ごめん、父さん境界はもう超えちゃった。」


今ここにそれらを隔てる壁は無い。


赤1色だった空間に白い輝きを放つ無数の球体が現れる。


紅色の花弁ですくいあげた時と同じ、今度はこの魂の濁流で苦しむ重魂を彼岸へと送り届ける。


「おい!小僧!ちょっと待て!」


なんだ?僕は辺りを見回す。


一際輝く魂が僕に語りかけてきている。


「お主がゴルゴーンを救おうとしてくれているのはありがたいが、あやつはまだこちら側へ来るには早い。」


あの魂の知り合い?でもそうしないと兄さんが…


「悪いようにはせん。ちぃとばかし体を貸してくれればよい。」


父さんが言っていたことは正しかった。

あの世とこの世の境界は、超えるべきではなかった。


僕は、この1つの魂に体を明け渡してもいいと本気で思ってしまっている。


「本当に兄さんとあの魂を救えるの?」


「あぁ、本当だ。魂から発せられる言葉に偽りは無い。」


それもそうか。じゃあ…


「あとは頼んだよ」


僕の意識は肉体を離れ心象風景に沈む。


「任せろ。部下の1人と人間の兄弟くらい救ってやるさ。なんたって、我は…」


「魔王だからな。」

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