第2話 研究塔
1年前の出来事を思い返しているうちに目の前ではジャイアントボアを使った研究が最終段階を迎えようとしていた。
あれ以来父さんが僕に死霊術を教えようとしたことはないし、研究塔に近づくことも良しとしなかった。
ただ、最近は屋敷に引きこもっている僕の耳にも届くくらい研究塔から響く魂の叫びが大きくなってきていた。
魔物に優しくすべきなどと言うつもりはないが、天寿を全うした魂はそのすべてが彼岸へと逝かなければならない。
「父さんには悪いけど僕の安眠のためにも少しくらい向こうに送ってあげてもいいよね」
この研究塔は決して邪悪な魔術を扱っているわけではない。
アンデッドの軍事利用が始まって以降は領民から兵を募らなくても良くなった。軍の死傷者の数もみるみる減少していった。
全ては民のために行われている…わかってはいるのだが…
「毎晩あんなにうるさくっちゃ眠れないよー!」
ここ数日僕は毎晩魂の大絶叫を聞かされており夜眠ることすらできない。
寝る子は育つ。育ち盛りのゴーシュにとっては由々しき事態なのである。なので今日は無理を言って研究員について来た。
初めは情報漏洩の危険がうんたらかんたらと言っていたが落ちこぼれと噂されている僕に見せたところで理解できないから問題ないと判断したのか見学を許可してくれた。
「じゃあ、そろそろ…」
一度死んでアンデッドとなったジャイアントボアの魂をこっそり彼岸へ送ろうとしたその時…
ダァーーーーーーーーーーン!!!
万が一に備えて張られていた結界が大きな衝突音をあげて軋み始めた。
ジャイアントボアが結界めがけて突進したのである。冒険者ギルドの討伐等級に準ずればFランクの弱い魔物であるため結界を軋ませることなど本来はできないはず。
「隷属の作用が不完全!研究は一時中断!総員、被験体を直ちに無力化しなさい!」
研究の責任者がその場で的確に指示を出す。
しかし、無力化が容易ではないことはその場の全員が感じていた。
「アンデッドになったことでリミッターが外れて膂力が数倍になってるのか。」
生きてるうちは大したことない魔物も死んで肉体の負担を考慮せず動き回るようになればその強さは計り知れない。
無力化するには攻撃魔術を当てる必要があり、そのためには結界を解かなければならない。ここで結界を解けば無力化はできても間違いなく怪我人が出る。
それを理解しているのか研究員は結界を解くべきか否か、未だに結論を出せずにいた。
「結界は解かなくていいよ。」
僕はジャイアントボアに近づきながらその場の全員に聞こえるように言い放つ。
「「いけません!お坊ちゃま!」」
落ちこぼれとはいえ僕は、ここメラルダ領の領主ガナン・メラルダ侯爵の次男である。怪我でもさせたら責任を負いきれないと感じたのだろう。
研究員たちが僕をジャイアントボアから遠ざけようとこちらに駆け寄ってくる。
「僕なら大丈夫だよ」
そう言うと僕を中心に赤い魔力が堰を切ったようにあふれ出す。研究員たちはとっさに両腕で顔を覆うようにしてその場で立ち尽くす。濁流のような濃密な魔力の流れ。それが収まった頃辺りを見回すと…
「これは…花?」
困惑の表情を浮かべる研究塔の人達。
1年前と同じ。赤い魔力が周囲を満たし、あの世とこの世の境界が曖昧になり、彼岸の花が咲き乱れる。
「ごめんね、せめて君が向こうに至るまで安らかな旅を約束するよ」
真っ赤な花びらの奔流が結界をすり抜けジャイアントボアめがけて進んでいく。吹き荒れる花びらの中心にいるその魔物は苦しむどころか、どこか恍惚な表情を浮かべている。
そうしてしばらくするとジャイアントボアは動きを止めた。
僕は時間にして1分ほど昇りゆく魂を眺めていた。
無事、彼岸へ逝けたことを確認すると赤い魔力は消え去り沈黙するジャイアントボアの死体と僕たちだけがその場にいた。
「あのぅ、父さんには内緒に…」
「「「できるかー!!!」」」
僕が父さんから呼び出しを食らうのはこの数時間後のことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます