黒魔術名家の落ちこぼれ〜「彼岸の君主」に覚醒したのであの世もこの世も無双します〜

星野彼方

第1章 彼岸の君主

第1話 開花

メラルダ領にある黒魔術研究塔。


現在、アンデッドの軍事利用に関しての魔術実験が行われている。


8歳のゴーシュ・メラルダは藍色の瞳を輝かせながら実験を見学していた。


「今日は生きてる魔物さん使うのー?」


僕の問いに研究員が答える。


「そうですよ、お坊ちゃま。生きているうちに魂を縛り付けて死んだ後もアンデッドとして使役できるようにするんです。」


本来、アンデッド系の魔物は使役や隷属が出来ない。意思疎通も出来なく、魂が肉体から離れてしまっており隷属させる手段も無いためである。


今回の研究では生きているうちはテイムで使役、死後は肉体に残ってる魂に隷属の魔術を使う。


研究員の説明通り、魔術をかけられたジャイアントボアが毒入りのエサを食べてちょうど今絶命した。


「ふーん…本当だ。彼岸に逝こうとはしてるけど肉体から離れない。」


今いる世界を此岸とした場合、死した魂が還る場所つまり向こう岸を彼岸と呼ぶ。


「お坊ちゃま、見ていてお辛くはありませんか?」


実験を見つめる表情があまりにも切なく研究員が尋ねる。


「へーきだよ!だって…」


----僕が解放してあげるから----


僕は言いかけた言葉を飲み込む。

そう、これこそ黒魔術名門メラルダ家で現当主「死霊の君主」の次男ゴーシュ・メラルダが落ちこぼれと言われている理由。


僕には生まれた時から魂が見えていた。


それは特別なことのようで、ここの研究員も含めて他のどんな魔術師でも魂を視覚として捉えることは出来ない。


自分が特別だと気づいたのは父さんに死霊術を初めて教わった時だ。







----1年前----


「えー、僕 魔力無いの!?」


高名な魔術師達が何人も我が家に来て魔力の計測をしたがどうやら間違いなく僕に魔力は無いらしい。


けど、父さんはそんなことは気にしていないようだし僕にも気にするなと言ってくれた。


「まだ7才の魔力の無いお前に死霊術は少し早い気もするが、特別な目を持っているのだ。きっと私よりも立派な魔術師になるぞ。魔力は魔石や大気のマナを使えば如何ようにもなる。」


「死霊の君主」であるメラルダ家現当主ガナン・メラルダは息子の才能に死霊術の明るい未来を見据えていた。


「うん、任せてよ!僕には皆には見えないものが見えてるんだから」


研究塔の庭で父さんが手本を見せてくれた。


ゴブリンの死体に手をかざして魔術を発動させる。


すると、まだこの世を彷徨っていたゴブリンの魂がどこからともなく死体に吸い寄せられる。


僕がゴブリンの魂を目で追っていると父さんは嬉しそうにこちらを見ていた。


「本当に見えているんだな。」


そして魂が肉体に入った瞬間、



「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」



叫んでいる。震えている。泣いている。


ゴブリンの死体は未だピクリとも動いてはいない。さすればこれは魂の号哭。あの世に行けずこの世に縛り付けられることへの怒り悲しみ。


きっと死霊術とはこういうものなんだろう。この世を彷徨う魂を縛り付け隷属させる。


この術のおかげでアンデッドを投入した戦争では死者が激減したと父さんは語っていた。


たぶん父さんがしていることは生きている人間を救うことになる偉大な魔術なのだろう。


「でも…でも…それじゃあ、この魂は誰が救ってあげるんだ」


気づけば涙を流していた。

救いを求める魂を前に何ができるのか何をしてあげられるのか。考えるまでもない僕なら救える。そんな気がする。

どこで知ったのだろういつ習ったのだろう僕にもわからない。けれどわかる、僕の魂が知っている。苦しむ魂を前に自然と言葉を紡いでいた。



「‐‐‐‐‐‐‐ パルラーム・イタ ‐‐‐‐‐‐‐」



魔力が周囲に満ちていく。僕に無いはずのもの。魔石も杖も持っていない、大気のマナにも変化はない。それでもさらに満ちていく。


これが自分の魔力でないことはすぐわかった。これは…彼岸の魔力。


可視化できるほど濃密な真っ赤な魔力は、そのどれもがとある形に変わっていく。


茎を伸ばし鮮やかな紅色の花弁を放射状に広げたそれを人々はこう呼ぶらしい。


彼岸花


僕らの周囲が無数の赤い花に包まれた時、吹き荒れる花びらがゴブリンの周りを渦巻いている。


花びらはゴブリンの魂をすくい上げるとそのまま空高くへと運んでいった。


僕にはあのゴブリンの魂がどこに逝ったのかわかる気がする。


「彼岸では、どうか安らかに」


気づけば一面に咲いていた真っ赤な花は見る影もなく先ほどまでの景色に戻っていた。

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