第32話 決別

「信じ、..るしか、...ないんだろうな。」


沢崎が、苦々しく声を発する。

奇妙な出来事に戸惑うのとともに、依と鉄平の仲睦まじい写真を見てしまって、ぐるぐると渦巻く嫉妬心が重くのしかかってくる。

心情的にかなりきつい。


生身の人間だけで言えば、沢崎にライバルはいなかった。

幽霊だなんてとんだ伏兵である。


数日24時間ずっとそばにいられたら、きっと沢崎でも依の気持ちを自分に向けさせることができただろう。

しかし実際は、タイミングや偶然の奇跡などが、鉄平に味方した。


しかも、さっきまで依は鉄平のことを死んだ人だと思っていた。


それならば、時間をかければ、2番の位置だとしても結婚までこぎつけられたのではないだろうか。と、後悔の念が出てくる。

沢崎は、素直に鉄平の生存を喜ぶことが出来なかった。


南は、奇妙な現象に驚きはしたが、すぐに順応出来たようだ。

今は、幽霊だった鉄平が目覚めてからすぐに、依に生存を伝えなかった非人道的な行為のほうが気になって仕方ない。


「さっきも言ったけど、このタイミングだったのはなぜなの??

死んでると思い込んでいた立花ちゃんを安心させようと、普通ならどうにかして連絡をとろうとするでしょう??

一般人だったら、退院するまで何も出来ないのもわかるけど...。

でも、サクマの御曹司だったら、動かせる人がたくさんいるでしょう?今回みたいに、だいぶ遅いけど、この御仁が来てるんだから。

ちゃんと、大事にされてるの?」


それこそ、沢崎くんのほうが大事にすると思うわよ。と、南は付け加えた。

南は、鉄平の人となりを知らないので、どうしても沢崎贔屓になる。


「それについては、ご指摘の通りでございます。

うちの主人の不徳の致すところで...。

35にもなって、女性不信を拗らせ、交際経験もないに等しく...。

多分、童て..ゲフンゲフン。

恋人である立花依さまを不安にさせていることも思い至らず、それに伴う気持ちの移り変わりがあるなんぞ想像もできず、嫌いになられ捨てられる恐怖なんかも理解できない主人でして...つまり恋愛の初歩の初歩すら、全くかすりもしない朴念仁。

恋愛初心者の赤ん坊でして...。

それに対して、自らの不安には正直で...。

はぁ...情けない。

そういうことで、立花様の行動の把握はしたかったようで、ストーカー行為をしてしまった次第です。

命じられたら、否と言えないわたくしめも悪かったのですが...。

それに、わたくしめの爪が甘く、人選を間違い、融通がきかない生真面目なものをつけた為、立花様を怖がらせてしまい大変申し訳ございませんでした。

深くお詫び申し上げます。」


関口は、深く腰を折り謝罪する。

だいぶ鉄平のことを貶していたが、それでいいのだろうか?


それでも顔を上げると、念のため主人のためにフォローをしだす。

根っこの部分は、ちゃんと主人を敬っているらしい。


「ただこれだけは言わせてください。

立花様のことを思い出した主人は、それはもう!すごかったです...。

『退院するんだぁっ!依さんに会うんだぁっ!』と、病院で大暴れしまして、鎮静剤を打たれる一歩手前でした。

決して、蔑ろにしていたわけではございません。

ただ、恋愛初心者なだけで、これから成長するはずです。多分...。

最初に会う時は、劇的なドラマを用意してロマンチックに抱きしめたかったとかなんとか..乙女のような恋愛脳でして...。


ですが、こうやって私がやってこれたのは、少し成長したおかげでして。

当家の執事の中に主人の旧友がおりまして、その者に怒られ、少し恋愛のイロハを学んだ結果なのです。

先程お渡しした映像でも言ってましたが、反省しております。

許していただけると、こちらとしては大変嬉しいのですが...。」


恐る恐る窺う関口に、依は手をブンブンと振って否定する。


「許すも何もっ!

私はっ!鉄平さんが生きていてくれただけで......、充分です。

それに、ふふ、鉄平さんらしいですっ。

一緒にいた時も、全然スマートじゃなかったんですよ。

顔がいい、どこにでもいる人って感じで。

それこそ、いろんな人を動かして、白馬の王子様みたいに現れちゃったら、誰?って思っちゃいます。

それよりも、私を病院まで連れて行ってくれますか?

私も鉄平さんに会いたいです。」


依は、涙の跡が残る顔で微笑むと、関口にお伺いをする。

その様子は、清楚な花がゆっくりと花びらを開くような、決して派手ではないが落ち着く温もりを連想させた。


鉄平に会えることが心から嬉しいと思ってることが、わかる笑みだった。


それを見て、南は、依がちゃんと幸せそうでホッとしたわーと安心し、沢崎は、見たこともない幸せそうな笑顔を見て敵わないと思い、ようやく諦めがついた。


「では、参りましょうか。立花様。」


関口が依をエスコートすると、スーッと黒塗りの高級車が目の前に停まる。

依は、車に脚を乗せると、一度振り返った。


「課長、南さん。ありがとうございました。

行ってきます。」


ここ最近ずっと二人には守ってもらっていたので、感謝の気持ちでいっぱいだった。

笑顔で車に乗り込む。

残された二人は、車が見えなくなるまで無言で見送った。


車が見えなくなったところで、南が口を開く。


「さっ!沢崎くん!飲みに行きましょうか?」


バシンっと背中を叩いて、明るく南が声をかける。

失恋の痛みは、飲んで忘れましょう。と、ベタな誘い文句だが、南は沢崎がへこんでいると思って提案した。


しかし沢崎は、そんな南にフッと笑うと、


「俺が、失恋くらいでへこむと思いますか?」


と、挑戦的な目線を送る。


沢崎の性格上、飲んでくだを巻いて、泣き言を言うなんて、そんなことは出来ない。

だが、それが強がりだというのは、見るからにわかる。

南も当然、わかっている。

だけど、あえてそれにのっかる優しさを南は持ち合わせている。


「そうね。完璧な沢崎くんには、必要ないわね!

じゃぁ、私家に帰るわ。旦那と息子が待ってるから。

沢崎くん、結婚はいいわよ〜。うふふ。」


わざと傷を抉るような発言をして、強がりに気づいてないふりをした。

これも一種の優しさである。

それに今は、一人にしてあげるほうがいいみたいだと思ったので、その場からすぐさま退散して帰路についた。


そして、一人になった沢崎は、南とは逆の方向に歩き出す。

泣きはしないが、誰かにゆっくり話を聞いてほしい気分である。

何軒かある行きつけのbarの一つ、初老のバーテンダーがいるこぢんまりとしたbarに行こうと決めた。


たくさん色んな経験をしているだろう彼に細々と話して、この恋を昇華しよう。立花の恋を心から祝福できるように...。


沢崎は、ふうーっと空に大きく溜息をつくと、まっすぐ前を向いて夜の街に繰り出していった。


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