第31話 真実

「失礼します。立花依様でしょうか?」


依が、沢崎と南と共に会社の正面玄関から出ると、知らない男性に声をかけられた。


スーツをぴっちりと着こなしたロマンスグレーといった風貌の初老の男性が、依のことを緊張した面持ちで見つめている。


「はい。そうですが...。」


知らないお爺さんに声をかけられ、困惑する依。

依のことを、様を付けてかしこまって呼ぶ人物に思い至らない。


沢崎は、依の顔を見てどうやら知り合いじゃないと察して、依をぐいっと後ろに隠す。


無害そうな人に見えるので危害を加えられそうにはないが、依は今現在ストーカー被害に遭ってる。

念には念をいれて、依を守らなくてはならない。

沢崎は依の代わりに、男性に対峙した。


南も、もしかしてこれがアンドロイド?と呟く。

聞いてた印象がマッチしている。違うのは年齢くらいか。


3人が3人とも警戒を露わにする。

そんな姿を見て、申し訳なさそうに苦笑する男性。

スっと、礼をすると口を開いた。


「突然、申し訳ございません。

怪しいものじゃございません。

わたくし、佐久間家の執事をしております関口と申します。」


さっと名刺を取り出して、一番近くにいた沢崎に渡した。


沢崎は、名刺に不審な点がないか確認すると、後ろに立っている依に渡す。

そして、依の代わりに口を開く。


「佐久間...。

庄司部長のお家の方...でしょうか?」


沢崎の頭の中には、最近社長令息だと知った庄司鉄平の顔が浮かんでいた。


「はい。そうです。」


「そうですか...。この度は、ご愁傷様でしたね。」


庄司部長の父親である佐久間社長が亡くなったのは、記憶に新しい。


「ご丁寧にありがとうございます。

旦那様を亡くしてから、佐久間の家は慌ただしくしておりまして...。

こうしてやってくることが、今になってようやく叶った次第でして。」


「なるほど。それで、立花に声をかけたと?

立花。サクマの庄司部長と知り合いだったのか?」


沢崎は後ろを振り返り、依に確認する。

以前、会議室で話し合ってた時、サクマの人間と関わりがあったようには見えなかった。

先日終了したプロジェクトでも、最初からサクマ側の交渉の席には、庄司部長は出てきたことがなかった。

だから、多分部署の人間は、自分以外は彼を知らないだろう。

自分でも、顔を合わせるのは、大規模パーティーや呼び出されて呑む時くらいだ。


ーー立花にサクマと関わりがあったようには、見えなかったが....


沢崎の心中にモヤっとなんだかわからない不安が押し寄せた。


「庄司部長ですか...?面識は、ないと思います。」


「だよな。 失礼ですが人違いでは??」


「いえ。立花様の前では、本名でお会いしていたようです。

主人の名前は、『佐久間 鉄平』といいます。

ご存知ですよね?」


はっとする依...。


「...さくま...てっぺい...。鉄平さんのお家のかた...?」


「さようでございます。私、鉄平様の身の回りを管理しております執事の関口といいます。」


ーーこのかたが、関口さん...。

でも、なぜ?私に会いに?

鉄平さんと私が出会ったのは、鉄平さんが死んでから。

このかたが、私を知るわけがないのに。どうして?

そういえばさっき....、課長が庄司部長って言ってた。

意識不明だった人よね??えっ、同一...じん、ぶつ..?

鉄平さんがサクマの御曹司だった?

確かに社長令息って言ってたけど、そんな大きな会社の?

聞いてないよぉ、鉄平さぁん。

あれ??でも、待って。

このかたが私を指名して来てるということは?

も、しかして...生きてたってこと?

でも、わたし幽霊の姿で会ってる。

おばあちゃんも同じ姿だったし。死んでたんじゃないの??

そんなことって....あ、る?


依の心に、期待の火が灯る。


「鉄平さん...は...?」


依は、恐る恐る尋ねた。

心臓が、痛い。緊張で泣きそうだ。


意識不明だった人が、鉄平さんなら...。

生きているかも....。

でもでも、これで、やっぱり生きてなかったら...

立ち直れないかも...。


関口は、そんな緊張した面持ちの依に、ふんわりと優しく微笑んだ。


「生きております。」


と、ただ一言ハッキリと依の目を見て関口は言った。


「あ。あ、あぁ゛...........。」


依の口からは、自然と声が漏れ出す。

何か言葉を発したいが、うまく口が動かせない。

それに、ただ良かった、というだけじゃ全く足りない。

もっと、もっと、そんな言葉では言い表せないほど、生きてたことに感謝し、嬉しくて、切なくて...心臓が爆発しそうだ。


依は口に手を当てて、震える。


ーー鉄平さんが、生きてる....

それに、きっと意識が戻ったってことよね...

関口さんが私に会いに来たのが証拠。


会いたいっ、会いたいっ、会いたいっ。

鉄平さんに...会いたいっ!!

あぁ...、神様。

鉄平さんを、生かしてくれてありがとうございます....


ふぅっ...と、嗚咽が漏れる。

涙が、ボロボロと出てくる。

その場で、しゃがみ込んで涙を止めようとするが、次から次へと溢れ続けてしまう...。


その様子に南がハンカチをそっと渡すと、依は素直に受け取り、目をそれで覆う。

すると涙の量が多くて、みるみるうちにハンカチの色が変わってしまう。


南も沢崎も、依の尋常じゃない様子に何かあると察する。


「立花...庄司部長と知り合いだったんだな?」


依はコクンと頷く。


「意識不明になってたこと知らなかったのか?」


「...庄司部長と鉄平さんが、同じ人って知らなかったんです...」


「そっか、じゃあ連絡が急に取れなくなって心配だったわね?」


依は、フルフルと首を振る。


「連絡先...知らなかったから...。」


「「??」」


泣きじゃくる依を囲みながら、沢崎も南もどういうこと?と顔を見合わせる。


「立花様。大丈夫でしょうか...。

この度は、本当に申し訳ありません。こんなに、泣かせるなんて。本当にどうしようもない主人です...。

あの、主人から立花様にビデオレターを預かってます。

見ることはできそうですか?」


関口が片膝をついて、依を窺う。

優しげな顔で依を心配しているが、心中は穏やかじゃなかった。


ーーほんとに、鉄平様は...どうしようもないヘタレですね!

瀬田に、もっと怒られるといいでしょう。

こんな可愛らしいお嬢様に心細い思いをさせていたなんて、なんて不甲斐ないんでしょう。

女性不信を拗らせ過ぎちゃいましたかね....

なんて、立花さま...お労しい!!


依は、グスグスっと涙を止めながら、手を伸ばしデジタルパッドを受け取った。

イヤホンを耳に装着すると、再生ボタンを押した。


ブラック画面から明るくなり、鉄平が映った。


あっ、と横で南が声を発する。

立花ちゃんの彼氏じゃない...と、ボソリとつぶやいた。

その言葉を、沢崎が聞きとめ、ショックを受ける。

しかし、同時に不思議に思う。

庄司部長が、意識不明だった時に自分は告白している。その時の立花は、彼氏がいなかった。

盆休み中に彼氏ができたと言っていた。

だが....、庄司部長が意識が戻ったのはこないだじゃなかったか?


鉄平が依のことを思い出した後すぐに、沢崎にメールをしていた。

あわよくば、依の様子がわかったらいいと下心満載のメールを送っていたのだ。

だから、沢崎は鉄平が意識を戻した日にちを把握していた。


沢崎は、デジタルパッドを見る依を観察する。

涙を浮かべながら、幸せそうに画面をみる依に、苦しくなる。

もう、ダメなのか...手は届かないのか?

俺じゃダメなのか...。

絶対、俺の方が立花を愛してる!

庄司部長よりもっ。

なんで、立花なんだ!

庄司部長なら、他にも...、

他に適当な女性がいるだろうっ!!


嫉妬と悲しみで慟哭する。

心臓がきつい。押しつぶされそうだ...。


「はぁ...。」


上を向いて、やるせない気持ちをため息と共に吐き出して、ポーカーフェイスを決める。

完璧に振られるなら、弱った姿は、見せれない。

これは沢崎の矜持だ。


やがて、動画が止まる。


見終わった依は、しばらく放心していた。


南がそんな依に声をかける。


「なんだって?彼。」


「あ、はい。えっと...」


口をぱくぱくして伝えようとするが、顔が赤くなるばかり。

動画の中身は、依に対する愛がたくさん詰まっていた。

伝えるには、恥ずかしすぎる。


「ふふ。こうやってみると、年頃の女の子なのねぇ。可愛い〜。」


「あ、あ、あ..。可愛くは....ないです。」


「で、今から会いに行くの??」


「あ、はい。病室に来て欲しいと、言ってました。」


「そう。じゃぁ、急がなくちゃね!ほら、お化粧直して、とびっきりの笑顔でいかなくちゃ!」


「あ、そうですね。すいません、南さんのハンカチぐちょぐちょにしちゃいました。」


「いいのよー!そんなの。

でも、サクマの方だったのなら、今日からうちじゃなくて彼のお家に滞在するのかしら?」


「あっ。それは大丈夫になりました。

なんか、アンドロイドみたいな人、鉄平さんのお家の人だったみたいで。謝ってました。

南さんには、お世話になりました。今日から、自分の家に帰ります。」


「そう...。寂しくなるわぁ〜。」


「課長も、送り迎えありがとうございました....。」


依は、課長に向き合いお礼を言った。

二人の間に、なんともいえない空気が流れる。


課長の好意を今回利用してしまった気がすごくする。


申し訳ないし、居た堪れないので、送迎を何回も断ったが、沢崎が折れなかったのだ。

正直、本当にストーカーが怖かったので依も最終的に折れたのだが。

沢崎自身も、この機会を利用して依に近づこうとしていたので、お互い様ではあった。


沢崎が、口を開く。


「立花...。聞いてもいいか?

いつから、庄司部長と?

俺の記憶と、どうやっても合わないんだ。」


依は、目を見開く。

それは、そうだろう。盆休み中に鉄平に出会い交際をしていなければ、課長とのあれこれが説明つかない。


「あの。あのですね...、課長のおっしゃる通りです。

ですが、騙していたわけではないんです。

ほんとに、告白された時は嬉しかったですし、付き合ってもいいかとも思えてました。

まだ、鉄平さんに出会ってなかったので...。」


「だよな。確か、13日に出逢ったって。

だが。....その時、彼は意識がまだ戻ってなかった。

違うか?」


「違くないです...。鉄平さんが、意識を取り戻したのは8月18日だったそうです。」


「18日??なんで、立花ちゃんほっとかれてたの!!

大丈夫!?ちゃんとその人誠実な人なの!?」


「南。ちょっとだけ、待っててくれ。

確かにそれも気になるが、俺の気持ちが収まらない。

何がどうなって立花と庄司部長が出逢い、付き合うことになって、俺は振られたのかを知る権利がある。」


沢崎は、真剣な顔で依を見つめる。

その様は、ちっとも引く気がなさそうだ。


依は、意を決して真実を話すことにした。


「信じられないと思うんですが、私と鉄平さんは13日から16日を一緒に過ごしてました。

鉄平さんは...、幽霊...で、した。」


「は?」「え?」


沢崎と南は、何を言われたのか理解が出来なかった。

依は、そういうリアクションになるだろうなと思いながらも、話を続ける。

理解できないのが当たり前、だけど課長にはきちんと話さなくてはならない。信用だけは、無くせない。


「迎え火をしていたら、こないだ亡くなったおばあちゃんが鉄平さんを連れて来たんです...。」


「えっ、立花ちゃん??幽霊見える人なの...?」


「いえ。初めて見ました。

鉄平さんも、おばあちゃんも、このくらいの大きさで私の目の前に現れたんです。」


依は、胸の前で両手で囲って大きさを示す。


「小さ..いわ、ね。えっと..、ほんと?」


「....はい。

あ、そういえば、南さんとショッピングモールで会った時、南さん、鉄平さんに会ってます。」


「はいっ!?会ってる??」


「ズボン選んでる時、鉄平さん私のバックから顔出して喋ってましたから。」


「え?あの時??居たの?」


「はい。私以外の人にはどうやら見えてなかったみたいですが。」


「あー!!あの大量の男性服!!

あれが、もしかして彼の服??」


「はい。鉄平さんスーツしか持ってなかったから...。」


「え?でもこのくらいの大きさだったら、どうやってあの服着れるの?」


「お供えすると、ちょうどいいサイズになったんです...。」


絶句する南。

どうやら、依が嘘をついてるようには見えない。

ならば幽霊は本当か?

その時、あっ!と思い出した。


「こないだの写真!!あれ、もしかして、幽霊っ!?」


「そうです。幽霊だった鉄平さんです。」


ゴソゴソと鞄から携帯を取り出し、写真フォルダを開く。


沢崎も南も横から携帯をのぞく。


次から次へとスクロールしていく依。

中には、小さいサイズの鉄平がたくさん写っていた。

後ろの家具との比較で、まごうことなく人間ではあり得ないサイズであることがわかる。


「これは、本当..ね..。幽霊って、言ってい、いのか..しら?

人間のサイズじゃないからそうなんでしょうけど...。」


南も沢崎も、写真を見ながら困惑した...。

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