第30話 旧友に諭されました

「えっ!?依さんが家に帰ってない??」


鉄平は、手元のパソコンから顔をあげて、報告している人物に問いかけた。


「はい。ここ3日ほど帰ってません。」


淡々と報告する人物は、鉄平の家の執事の一人、瀬田である。



鉄平は、依のことを思い出した先日、やはり医者と関口の説得に失敗して、退院できていなかった。

それでも諦めきれず、せめてと、依の行動を監視するように関口に頼んだのだ。


関口は、依が実際にいる人物なのか疑ってはいたが、鉄平が落ち着く為ならば仕方ないと了承し、行動に移したのだが…、ここで鉄平の誤算が生じた。

鉄平は、プロの探偵に関口が頼んでくれると思っていたのだが、実際は家人が依を調べはじめていた。


関口がどうしてそうしたかというと、主人の妄想だった場合、興信所や探偵を使って、鉄平に虚言癖があると噂になったらマズイと思ってのことだった。


それに、鉄平が覚えていた依の家がある最寄り駅と、樹のおかげで働いている会社名の2つがわかっていたので、もし本当にいる人物なら比較的簡単に特定できるということもあって、素人でも大丈夫じゃないかと思ったのだ。

実際、会社から出てきた依を尾行すれば、鉄平の言う通りの駅に自宅があるのが簡単に確認できた。

あとは、家の周辺と会社の周辺で、依を観察すれば任務完了だ。


だが、そこは素人…。

探偵業届出証明書をもっている、ちゃんと国に認められているエキスパートじゃない。

そのため、尾行は杜撰なもので、対象に当然のように気づかれた。


ここまで言えば、お分かりだろう。

佐久間家の執事が、依が怖がっていたストーカーである。

姿勢が良くて、シュッとして、神経質そうで、運動ができなさそうで、紅茶を上から落として淹れそうな高貴な雰囲気の…アンドロイドだ。


「立花依さまが、この3日滞在してるのは会社の上司である南という者の家になります。」


「南さんの家??えっ、なぜ?

あそこはだめだ!!南さんが息子さんを依さんにあてがおうとしちゃうじゃないかっ!!」


「それは、大丈夫じゃないですかね…。相手高校生だし。」


家人が、呆れながら鉄平に言う。

この執事は、鉄平の元同級生のため、たまに辛辣な物言いになる。


「どう大丈夫なんだ!!僕との年齢差より、高校生の方が近いんだぞ!!

お前が僕の立場なら、絶対焦るだろうっ!」


「焦りませんね。残念ながら。

まずですね、佐久間さまはお金を持ってる。顔もいい。性格も穏やか。将来性も安定してます。

わたしが、佐久間さまならドーンと構えますが?」


あ~、でも立花様が絡んだときは、穏やかなんかじゃないですねぇ。と、ボソッとついでに付け加えた。


瀬田は、目覚めてからの鉄平のポンコツ言動に呆れ始めていたので、主人ではあるが、ボソっと嫌味を聞こえるように吐き出した。

鉄平も、元々友人の瀬田なので、こんなことでは怒らない。


「そんなバックグラウンドは、依さんには通じないんだぁっ!!

お前だって知ってるだろう、依さんの上司の沢崎君のこと!」


「あー、あのギラツクほどの後光がさしたイケメン...。しってますね。」


「彼から告白されても、靡かない女性なんだ!」


「へぇ~。それはすごい。

じゃあ、年齢ごとき問題ないんじゃないですか?

その立花様が、心変わりするならよっぽど相性がいいということです。

佐久間さま以上の男性に出逢ってしまったということで。 あきらめましょう。」


「お、お前っ!ぜっんぜん、優しくないな!

僕は、今はお前の主人だぞ。」


「はい、今は就業時間なので、敬語を使わせて頂いてます。」


淡々と鉄平に対応する瀬田に、くぅ~っと唸る鉄平。

悔しがる鉄平を見ても、ちっとも動じない。

しかも、さらに煽る始末。


「あ、そういえば。

その沢崎さんですが、最近会社から出てくるとき、立花様をエスコートしてますよ。」


「はっ?」


「南さんのお家に向かうときに、立花様が周りを警戒してまして。

それに、気づいた沢崎さんが、送迎しているようです。

どうやら、立花様。ストーカー被害にあってるようで、怖がってます。先日、食事の席で南さんに相談していました。」


それで、南さんが立花様を保護することになりました。と、付け加えた。


「はっ?ストーカー??」


「はい。ストーカーです。」


その事実に、驚愕した鉄平は、ガンと机を叩いて立ち上がる。


「なんだそれっ!!

探偵のほうからそっちの報告はないのか!?

どんな奴から狙われてるんだ!?依さんは、無事なのか!?」


「あー、大丈夫です。落ち着いてください。

たぶん、そのストーカー…、

うちの...滝…ですから。」


明後日の方向を見ながら、気まずそうに告げた。


「はっ?」


鉄平は、寝耳に水。

理解ができない発言に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、静止した。


瀬田は、そんな鉄平を放置し、話し出した。


「どうやら、今の会話で佐久間さまとこちらの認識の相違があることがわかりました。

まず、順を追って説明しますと、関口から我々への指示は、立花依様の存在の確認。

その後、存在の確認が出来たら、普段の行動の監視をするというものでした。

ここで問題は、佐久間さまの話が荒唐無稽すぎて、関口が第3者の介入を躊躇したことでしょう。

佐久間さまが事故で狂人になった、と噂になったらサクマグループにとって大打撃になると考えました。

つまり外部に情報を漏らさないために、家人に尾行を指示した。

そして比較的時間があり根気がある者ということで該当したのが、わたしと滝です。

わたしは、会社周辺担当。滝は、立花様の自宅周辺担当。

そして…ここが重要です。

滝は、生真面目で融通がちょっと利かない、不安が残るアラフィフ。」


「…もういい…。わかった。

手帳片手に、依さんにぴったり張り付く滝が想像できた。」


鉄平は、顔をおおって机に突っ伏した。

鉄平は家人が監視していることを知らなかった。

今までの報告は、プロから聞いた内容をまとめた家人による報告だと思っていた。


「今すぐ、滝を戻せ…。お前も滝も通常業務に戻っていい。そして、ちゃんとしたプロに頼んでくれ。」


「うーん。そうですね…。通常業務に戻るのはいいのですが…。

多分ですが、プロの探偵は引き受けてくれないと思われます。」


「はっ?」


「はっ?が多いですねぇー。余裕がなさすぎません??ちょっと落ち着いて下さい。

えーとですね、プロは、立花様の存在確認と素行調査くらいなら、調べてくれます。

しかし、行動の監視は、探偵業法に引っかかる可能性があります。

ストーカー行為の幇助にあたると、探偵資格のはく奪をされてしまうので、真っ当なところは引き受けてくれないと思います。」


「はっ?僕が、ストーカーになるのか?恋人なのに?」


「はい。立花様は、佐久間さまが死んでると思ってますので、まさか佐久間さまがご依頼されてるとは思いません。ただただ、怖がらせるだけでしょう。わかりますよね?

尾行のプロに頼めば、立花様に気づかれないで済みますが、彼らは、荒唐無稽な話を絶対信じません。

幽霊、幽体離脱体での逢瀬なんて…。

佐久間さまと知己のわたしでさえ、信じきれなかったんですよ。

それに、佐久間さまと立花様の交際の事実は、表向きいっさいありません。

間違いなくストーカー案件になり、依頼拒否でしょう。」


ずーんと、へこむ鉄平。

僕が…、ストーカー…。ありえない…。と、つぶやく。


「とりあえず、ですね。佐久間さまのちっぽけな思惑を捨てられるのが一番いいと思いますよ。」


「…ちっぽけって言うなよ…。」


「ちっぽけでしょう。

偶然を装って?直接会って、ロマンチックに再開して?プロポーズ??

はんっ。ありがた迷惑ですね。」


瀬田は、軽蔑する思いを隠そうともせず、吐き捨てるように鉄平に告げた。

もはや敬語を使う価値もない!


「好きな女を不安にさせて、怖がらせて...。


いいか、鉄平!?来年までお前を待ち続けなきゃいけないと思ってる彼女の気持ちを考えてみろ!

お前が生きてることを真っ先に彼女に伝えていたら、今ごろ彼女は、他の男のアプローチに靡いてしまったらどうしようって無駄な不安を覚えることもなかっただろう。

沢崎っていう上司の男がアプローチするたびに、彼女、赤面しながらも寂しそうな困った顔してるんだぞ。

葛藤しているのが丸わかりだ。

情けないぞ、鉄平!

さっさと、手紙でもビデオレターでも作って、彼女に渡せ!」


瀬田は、ヘタレで夢みがちな鉄平に、敬語を捨てて素で捲し立てた。


まったく瀬田の言うとおりである。

そうしておけば、依はストーカー行為におびえることはなかった。


鉄平もわかっているが、会いたい気持ちをせっかく今まで抑えていた時間と苦労が報われない…。と、変に意地になってしまっていて、瀬田の提案に素直に頷けない。

歳をとると頑固になる。


そこへ、おろおろしていた関口が声をかけた。

関口は、話の間中、自分の判断を後悔し、どうしようと顔面蒼白になりながら壁側に待機していた。


「鉄平様!!申し訳ありませんっ。

私の不徳のいたすところで、立花依様にご迷惑をおかけしてしまいました。」


しっかりと腰をおって、謝罪をする関口。

だが、探偵に頼んでも、結局はストーカー扱いされてしまい、依さんの様子が一切分からなかったに違いない。


「いい。関口、顔をあげろ。

瀬田も言っていたが、プロによる行動の監視報告は無理そうだ。

しいて、怒るなら人選のミスだ。

滝はないだろう…。」


はぁ~とため息をつく鉄平。


「時間があるのが、ここにいる瀬田と旦那様付きだった執事の滝でした...。

誠に申し訳ございませんでした。」


「ん、分かった。とりあえず、今は依さんの心の安寧をはかるのが先だ。

どうしたらいいだろうか?僕には、女性との交際経験がほとんどないんだ。」


「いやいや、佐久間さま?

これは、交際女性の機微うんぬんって話じゃないでしょう。

普通に、人としてどうするかでしょう。

誠心誠意、生きていたことを黙っていたことを謝って、ストーカーは家人だったって説明するべきでしょう。

はぁ…何言ってんだか…」


瀬田は、あきれて素がちょいちょい出てきてしまう。


「でも、僕は…。

やっぱり一番最初に直接会って、生きてることを伝えたいんだ。

依さんを、この手で抱きしめたい。 

...ダメだろうか...」


「だ~か~ら~。それは、エゴだって言ってるじゃないか。

とりあえず、そのこだわりやめろ!」


そんなもんは、家畜に食わせてしまえよっ!と、瀬田はご立腹だ。


「鉄平様...。とりあえず、ビデオレターを作りましょう。関口が、責任を持って立花様にお見せしてきます。

私くらいの爺いでしたら、警戒もされないでしょうから。

そして、こちらの病室に必ずやお連れします。いかかですか?」


「...それが一番早く安心して会える方法だって、わかってる。わかってるが....、やっぱり...。」


「だぁぁぁっ!!

ウジウジ、夢見てんじゃねぇぞっ!いい歳こいたオッサンがっ!!

ちゃっちゃっと、ここに立花依さんを呼んで、プロポーズして、結婚して、後継者をこしらえろっ!!

俺の生活がかかってるんだ!お前が死んだら佐久間の執事でいられるかわからないだろう!!

省吾様のとこは、すでに執事いるしな。

俺の妻子を路頭に迷わせるわけにはいかねぇんだっ!!

鉄平が、俺を、執事に引き抜いたんだ!

責任とって、立花依と早く結婚しろっ!!」


とうとう、瀬田がキレた。

瀬田には、子供がすでに3人いる。元々、ホテルマンとして働いていたところを、鉄平から頼まれて執事になった経緯がある。

叔父の省吾の息子の子供はまだ小さい。執事が専属でつく必要はまだまだ無い。


鉄平は、怒れる友人の勢いに圧倒されてビデオレターを作ることを了承した。

コクコクと高速で首を振る。


興奮冷めやらない瀬田が、そのまま携帯を構えて動画を撮影しだす。

瀬田も必死である。逃しはしない。


鉄平はビビりながら動画を撮ったが、冷静になったらありえない。

びびっているし、辿々しいし、自分の気持ちをちっとものせて話せなかった...。

瀬田に、平身低頭し、再度撮影をお願いした。


そして、数テイク撮ってようやくビデオレターが完成した。


それを持って、関口が病室を出て行こうとする。


「あっ!やっぱり関口待て。

依さん、すぐ来るかな??どうしよう、指輪がない。

瀬田!!プロポーズには指輪が必要じゃないか!?」


「いらねぇよっ!!そんなもん、あらかじめ用意なんてすんじゃねぇ。ありがた迷惑だっ!

ここに、宝石商呼んで一緒に選べよ。

好きなデザインと宝石が、立花さんにはあるだろう。」


「なるほどっ!さすが既婚者は違うな!

よし、瀬田。依さんが、来る時に合わせて宝石商を呼ぶんだ!」


「落ち着けっ!!

どこにプロポーズする時に宝石商をそばに控えさせる奴がいるんだっ!!」


瀬田は、「ほんとっ、ポンコツだなっ!!」とバシッと鉄平の頭を叩いたのだった。

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