第29話 南さん

都内、某飲み屋にて、依と上司である南が呑んでいた。


「で、立花ちゃん。今日は、どんな相談があるのかしら?」


なかなか本題を話さない依に、南の方から訪ねた。


元々今日は、相談があるので一緒に食事行きませんか?と、依のほうから南を誘ったのである。


しかし、依は相談しようしようと思いながらも、なかなか言い出せず、飲み始めてからたわいの無い話しかしてなかった。

だが南から切り出されたら、話さないわけにもいかないので、意を決して話し出した。


「あー。それなんですが…。

あのーですね。…実は…。

私の気のせいかもしれないんですが…、ストーカー?…みたいな感じの人が、最近ウロウロしてて…。」


気まずそうに依が話し出すと、南がヒュッと息を呑んだ。

今日の相談は仕事のことか沢崎の事だと思っていたので、想像もしてなかった内容に驚愕した。

沢崎の事なら、にやにやしながら揶揄ってやろうとも思っていたほどで、今日の食事を楽しみにしていたのだ。

それなのに青天の霹靂である。


「それでですね…、そ」「待って!待って!その前に立花ちゃん。なにか危害を加えられたりしてないっ!?大丈夫なのっ!?」


淡々と話し出すが、それどころじゃない。

まずは、この子の無事を確認しなくては!!


「あ、はい。今のところは、大丈夫なんですが…。

今日で、4日目なんです。いつも同じ人が、後ろにいるんです...。

始めは勘違いかな?って思ってたんですが。

わたし、結構田舎に住んでるんです。それこそ、残業でもしたら道歩いてる人なんてほとんどいないんです…。

なので、通常通り8時くらいに帰宅するときでも、道を歩いているのは数人って感じの田舎で。

だからですね、ついてくる人がいつも一緒だったりすると、丸わかりなんです。

2日は偶然かな?で済んでたんです。でも、昨日も居て…。

帰る時間もまちまちなのに、おかしいんじゃないかなぁって思っちゃって。

今日なんて、朝同じ車両にいたところを発見しちゃって。目も合っちゃって。

これどう思います??確定でしょうかね…?」


眉をハの字にして困ったように、南に訴える依。

南は、立派なストーカーでしょう…。と同意した。


すると、ハッとした南が警戒するようにキョロキョロと店内を見渡し始めた。

ここにもソイツがいるかもしれない。と、思ったみたいだ。


「今のところ、店内にはいなさそうです…。私も、時々周りを見てましたから。」


そう...と、少しホッとする南。


「ちなみに。…立花ちゃん。その人はどんな人なの??」


念のため、こそこそ小声で、依に尋ねた。

周りにストーカーが居たら、マズイわよね!


「居たら絶対わかります。

その人…40代くらいの落ち着いた男性なんですが、めちゃくちゃ姿勢が良いんです。

歩いてる姿が、アンドロイドって感じで。

それが、逆に得体の知れない感じがしてすごく怖いんです。」


アンドロイド…。と南がぼそっと復唱する。

ストーカーのイメージとかけ離れすぎて、イメージがさっぱりわかない。


ターミネーターみたいなごついマッチョが、堂々と歩いているのか?

それとも、某テレビ局の逃走中のハンターのようなシュッとした必殺仕事人のようなアンドロイドなのか?

それとも、大穴でスターウォーズのC3PO??


「容姿とかは?

偏見だけど…。ストーカーなら、陰湿な感じがしたりとか、変態そうな感じとか…あるでしょう?」

 

恐る恐る依に聞く南。

もしかしたら、C3PO..、は無いか...。


依は、斜め上を見ながら容姿を思い出す。


「シュッとしていて…。」


なるほど、ハンタータイプか。ターミネーターは無かったか。


「神経質そうで…。」


やはり必殺仕事人か。


「運動ができなそう??な感じで…。」


ん?イメージが離れたぞ。もしや、ここで大穴がきた??

何も無いとこで躓くお茶目なアンドロイド、C3POか?


「紅茶を高いところから落として淹れるような、高貴な感じ?もします…。」


それは…、某テレビ局ドラマ相棒の右京さんじゃないだろうか。

あ、でも。右京さん、強いから運動は出来るのか…

あ、でも見た目は運動できなさそう。

じゃあ、ストーカーのイメージは右京さんロボット??


南の想像が、迷走している。


「とにかく、その人の周りだけが浮くんです…。私の地域では、そぐわない高級な都会感がするんです。

だから、蒼白になるほどの恐怖ってわけじゃなく、なんか怖い?くらいで。

どうしたらいいと思います?」


「そ、そうね…確かに怖いわ。

でも!どんなに雰囲気がストーカーっぽくなくても、ストーカーはストーカーよ。襲われてからじゃ遅いわ。

とりあえず、立花ちゃん。うちにいらっしゃいな。しばらく雲隠れしましょう!」


「それは、ご迷惑かけちゃう。息子さん受験生だし…。」


「でも、ほっとけないわぁ~!!じゃあ、沢崎くんに送り迎えしてもらう?喜んでするわよ。」


「それは、ご遠慮し…、たいです…。」


「えー、護身術もできるし、ガタイもいいから、ストーカーなんてビビッていなくなるかもよ?」


「そりゃ、心強いですが…。気まずくて…。

南さん。じつは私、こないだ課長振っちゃったんです…。」


うつむく依に、南はあらあらと相槌をうつ。


「これまた、もったいない〜」


わたしなら、喜んで〜ぇって抱きついちゃう。と、南は両手を広げてウェルカムの気持ちを表していた。


「まぁ、私の気持ちはともかく…。

何が、ダメだったの??」


「何がダメってわけじゃ無いんですよ。

完璧じゃ無いですか、課長。

私が、ダメでした。課長の横にいる自分が想像できなかったんです。

無理して横にいる私が思い描けちゃって。」


鉄平と出会う前なら、ここまで思わなかった。

鉄平となら、自分磨きの努力をするのも楽しくできると思えた。何より横にいたい。


でも、課長はダメ。


努力する前に、自分の存在が潰されそう。ドキドキするだけじゃ、付き合えない。


「そうなんだ〜。でも、立花ちゃんなら沢崎くんの横にいても違和感ないと思うけどな〜。

仕事のやり取り見てると、阿吽の呼吸のように二人とも動けるじゃない?

それって、すごいことよ。立花ちゃんしかできない。

だからプライベートでも、うまくいったかもよ?」


「あ、そうで、すかね…。でも、ありがとうございます…」


思いがけず、南に褒められて、依はプシューっと赤くなった。


「でも…、ダメなんです。

居心地がいい存在が、ずっと横を歩きたい存在が、私には必要なんです。

もしかしたら、課長もそうなるかもしれないんですが、私にはもう…。」


依は、言葉の途中で、黙ってしまった。

その様子に、南は察する。


「なるほどねぇ〜。出逢っちゃったんだ!この人だって人に!

それが古着の彼ね!」


以前、ショッピングモールで南に男物の服を買うところを見られていた。

その時は、兄だと言えたが、今の依の気持ちは全然違う。

嘘でも、鉄平をごまかすなんて出来ない。


「そうです。古着の人です…。」


あっさりと認め、モジモジとする。


「あら?あらあらあら?

認めた?これは、もしかして…。付き合い始めた?」


「はい。」


きゃぁ!と、乙女のような声をあげて、喜びを露わにした南は、手を差し出した。


「写真、みーせーてー!」


興味津々な顔でほらほらと急かされる。

だが、この写真は依以外が見ても鉄平が見えるのか?


おろおろしながら、携帯の写真を出してみた。

念のため、背景から鉄平の大きさが分からないものを吟味したものにした。


「えーっと、ちゃんと写ってるかな…。この人なんですが…。」


「どれどれ~。おおぉー、かっこいいじゃない!ていうか、カッコよすぎない!?」


どうやら、南にも見えたらしい。


南に見せた写真は、鉄平がきれいめ古着スタイルで、ポーズをとってる写真だ。

送り火の直前のものなので、笑顔がぎこちないものである。

依は、別れの時を思い出し、少し胸が苦しくなった。


「ん?でも、この人どっかで見たことある??」


あれぇ?これだけイケメンなら忘れないはずなのに??と、首を傾げる南だったが、思い出せないみたいだ。

それなりの勤続年数の南は、沢崎ら営業に付き添ってサクマに行くことが多い。直接の商談じゃなくても、間接的に会っていたようだ。

それに、写真の鉄平は、完璧の笑顔ではないが、笑ってるので雰囲気がだいぶ違う。

依のそばで癒された鉄平は角が取れて、雰囲気が柔らかくなっていた。

南も知ってる笑わない王子の面影が一切なかったので、同一人物と思い至らなかったようだ。


「どんな人なの?」


子を見守る母のような視線を向けられた依は、照れながら南に話す。

南はその様子を見て、彼のことがすごく好きなのね、と納得した。


「そっか〜、じゃあ彼のお家に匿ってもらったらいいじゃない。」


彼氏がいるなら、そういう結論に至るのは当然だ。

だが、南は知らないが、現世にはいないのだ。


「遠距離なんです。だから、無理で...。」


へにょんと、眉を下げて悲しそうな顔で依は笑った。


大丈夫。わたしは、来年また会えるもの...


「遠距離!!なんてこと!!役にたたないじゃなーい!!

こりゃ、坂田くんに頼っちゃう??おちゃらけてるけど、やる時はやるわよ?」


「それも、悪いです...。」


「じゃあ、やっぱり私のうちに来なさいっ!これは、上司命令よ!!」


という感じで、一週間だけとりあえず南のうちに泊まることになったのだった。

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