第27話 記憶の復活
数分前まで遡る。
鉄平の意識がなくなる少し前...
樹が、鉄平の目の前で名刺をひらひらさせながら、いかに沢崎が異常な美しさだったかを、説明していた時の話だ。
鉄平は、沢崎の見た目の人外さを知っているので、相槌を打ちながら、樹の言葉を話半分に聞いていた。
だから集中していない鉄平の意識が、目の前で動くものに向いてしまうのは、自然の摂理ってわけで...。
名刺の名前が、チラチラと頭に入ってくる。
ーー沢崎くんの部下なのか、ふーん。
TA・CHI・BA・NA...YO...RI
タ・チ・バー...ナ ヨーリ??違うな、ヨリか?
タチバナ ヨリ...
あれ?
僕は...、この名前を...、知って...、いる??ーー
ーーなんだ?何か大事な、こと...僕は忘れてないか?
タチバナヨリ...ヨリ...。ーー
ーー立花 依!ーー
うっ...!?っ、頭が痛いっ!!
押しつけられるっ!!ぐあっ...
名刺の名前を理解した瞬間。それがトリガーになり、記憶の奔流が、鉄平の頭になだれ込んできたのだ。
それがあまりにも膨大で急激なものだったので、鉄平の通常の思考回路では追いつけない。
頭が、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられるようで痛みがすごかった。
そのため、防衛本能が働き、一時的に運動を司る脳の部分を情報を整理するために使うことになった。
ゆえに動きを強制的に停止させられた鉄平は、廃人のような状態になってしまったというわけだった。
そして今、ようやく鉄平は4日間の依との出来事を思い出せていた。
ーーそうだ....依さん!
温かくて、癒し系の、可愛い女性...
僕の、大切で大事な、唯一の、女性...
忘れてた...なんてことだ...
このまま、忘れていたら....ーー
鉄平は、恐怖でブルリと震える。
ーーそうだ、ショッピングモールに行って...
依さんの上司の女性、に会って...
んっ?あの時....
あの時言ってた沢崎くんって...彼のことか?
そういえば、依さん、完璧超人の上司に告白されたって...
えっ!!沢崎くんかっ!?
依さんに言い寄ってるの、あの沢崎くんっ!?
それは、想定外じゃないか!!
あんな、頭も良くて、金も持ってて、顔も良い彼が、僕のライバル??
えっ、依さん、盆明けに断るって言ってたけど...
彼の性格上、引くのか?引、かないんじゃないか...?
そうすると、依さん、コロッといくんじゃ?
映画の俳優、好意的だったよな...。あの役どころ、まんま沢崎くんだった...
えっ、今何日だった??
来年会いましょうって約束したけど、彼がライバルなら話が違うっ!!
沢崎くんなら軌道修正して、依さんのタイプに寄せることも難なくできるだろう。
どうしよう!こんなところにいる場合じゃない!
病院退院しなくちゃ!
それよりも、樹に名刺もらって連絡っ!!
僕が生きてること伝えなくちゃっ!!
あ、でもプライベート番号書いてなかった気がする!
会社に電話したら、迷惑だよな!?
僕だったら、嫌いになる。
ど、どうしようっ!!
家に行く??駅はわかるけど、道がわからない!!
待ち伏せ??
ストーカーか、僕はっ!
ダメだ、ダメだ!!
とにかく行かなくちゃ!
ところで、ここどこだ!!
体が、動かせっ、なぁーーいっ!!
夢??
夢なのか??
起きろぉ!僕、起きろぉ!!
鉄平は、ようやく正気に戻ったようだが、意識が深いところまで潜ってしまったため浮上できない。
ジタバタとするが、無駄であった。
ーーどうしよう...
鉄平が途方に暮れてると、光がさしてきた。
そっちの方を向く鉄平。
すると、何かが来た。
“鉄平ちゃ〜ん!”
ピューンっと、飛んでくるマスコット。
ついこないだまでは、鉄平もその大きさになっていた馴染みの幽霊体。
鉄平の前まで来ると、止まった。
誰かと思ったら、依さんのおばあ様。
“困ってるみたいだから、来ちゃった⭐︎”
にっこりと笑って言うおばあ様に、唖然とする。
“もう!鉄平ちゃんのお父さんに戻してもらった命なのに、こんなとこいちゃダメよ!
会えなくなったら、依ちゃん、悲しくなっちゃう!”
おばあ様は、プリプリ怒っている。
「申し訳ありません...ごもっともです...」
“でも、安心して!!私が、上に連れていってあげる!
心強い味方も連れてきちゃったんだから!”
自信満々に言うおばあ様。その後ろから、別のマスコットがニョキっと顔を出した。
「父さんっ!?」
”よぉ...“
バツが悪い顔で躍り出たのは、鉄平の父だった。
”あー、あれだ...。私が、な?せっかくな。
あーしてやったのにな。こんなところいたら、またお前死ぬだろう??
私の行いを無駄にするんじゃない。
...私は、無駄が嫌い、だ、からな...。
こちらのご婦人に、頼まれたし...。
人生の先輩を無碍にはできないしな....“
正直に話せず、しどろもどろに言い訳しながら話す父に、おばあ様はバッチーンと背中を叩いて、叱咤した。
”もーっ!!ごちゃごちゃ言ってんじゃないのっ!!
あなたは、鉄平ちゃんの親でしょう!!
心配だから、来たって言えばいいの!
水鏡の前で、ずーっとハラハラしてたくせにっ!!“
”いや...ハラハラなんて....“
目をキョロキョロ忙しなく動かす父に、鉄平は呆気に取られた。
こんな父は見たことない。
いつも鉄平の前では、毅然としていて経営者たる姿と、母がいた頃の妻ファーストの夫としての姿しか見たことがなかった。
父としての、親の姿は、一回も見たことがない。
死んでから、こんな父親を見ることになるとは、新鮮である。
それゆえに、なんだか鉄平は、むず痒かった。
ーー父さんも人間だったんだな...。僕のこと、心配..してたのか...。
生きてた時は、興味なんかなかったくせに...遅いんだよ...ーー
苦笑いをしながら、父親を見つめる。
”さ!私たちも、鉄平ちゃんの意識の中といえど、現世に近いところにずっとはいられないわ!
ほら、お父さんっ!やるわよ!!“
ぱんぱんと手を叩き、やる気をみなぎらせるおばあ様。
ガシッと、鉄平の指を掴む。
そして父も反対側の手の指を掴んだ。
”じゃあ、行くぞ...鉄平。“
と、ぶっきらぼうに鉄平の顔も見ずに言うと、上に向かって飛んだ。
「わぁっ!」
急に持ち上げられた鉄平は、驚いた。
質量がないのか、簡単にマスコット幽霊たちに引っ張られた。
そのまま両腕を二人に引っ張られて、どんどん上に登っていく。
真っ暗なところから、どんどん明るい場所に。
しばらくして、真っ白な空間まで登ってくると、一つの扉がポツンと浮かんでいるのを見つけた。
そこがどうやら執着地点らしい。
”さぁ。ここだ...。“
”ついたわよ。鉄平ちゃん、“
トンっと、扉の前、人ひとりだけ乗れるポーチの上に鉄平は下ろされた。
”鉄平。ここの扉を開けたら、意識が戻る。
だがその前に、少し話せるか?
多分、もうお前に会えることはない。“
「会社のことだろうか?」
鉄平は、話と聞いて仕事だと思った。
お互いの会話は、生前は仕事のことしかなかった。
でも、そうじゃなかった。
”会社のこともあるが、そっちは私がいなくてもお前を信じてるから問題ない。
...そうじゃなくて...仕事じゃなくて...。な?“
気恥ずかしくて、なかなか本題が喋れない。
モジモジと体を揺らしていたが、やがて、ふぅーと、息を深く吐くと、鉄平の父は覚悟を決めて話し出した。
”私は、お前にずっと謝りたかった。
すまなかった。
お前を、ずっと放っといて、...本当にすまなかった。
後悔してるんだ。
言い訳になるだろうが...。
お前が小さい頃は、私も若すぎて家庭を顧みることができてなかった。
妻がいるからと、軽く考えていたんだ。
まぁ、その結果が浮気と離婚になったんだが...。はは...。
離婚後も、まだお前は小さかったよな。わかってたんだ...
お前に向き合わなくちゃいけないって。
だが、妻に浮気をされて自信がなくなり、会社もその時傾いていて正念場...。時間もなかった。
それと、謎のプライドが..邪魔していて...放っといてしまった。
年月とともに妻のことが、自分の中で消化された時には、お前はもうデカくなってて。
どう声をかけたら良いのかわからなかった。
だが私の会社に入ってくれたことで、仕事の話がお前とできるようになって、私は嬉しかった。
だが。...そこで、満足しちゃダメだったよな...。もっと、お前といろんな話をしなくてはダメだった。
お前の女性不信も深刻に考えてなかった。死んでから、知った。
本当に、ダメな親ですまなかった。“
ぺこっと、頭を下げて謝罪をされた。
話を聞いた鉄平は、もっとモヤモヤしたり憤ったりするかと思っていたが、自分が全くそんな気持ちにならなかったことに、少しばかり驚いた。
自分の中で、小さい頃放置されてたことに対し、父をすでに許していたことに気づいた。
「あー、父さん。頭を上げて。
僕は、確かに子供の頃寂しかった。
でもさ、僕も諦めずに父さんに声を掛ければ良かったんだ。
特に、母さんのことはそう思えるようになった。
母さんに好きだとか、ありがとうとか、いろんな言葉をかけるべきだった。
そしたら、母さんは、自分の存在意義に疑問を持たずに、浮気なんかせず家にいてくれたんじゃないかって。
父さんにも、お疲れ様とか、今日頑張ったこととか、一言でもいいから会話をすればよかったと思ってる。
父さんが、僕に声をかけるには僕のこと知らなすぎたもんね...。
そりゃ、僕と話をするなんて、無理だったよ。
とにかく...、僕も悪かった。ごめん。」
鉄平の父は、目を見開いて驚いた。
謝られるとは、思ってなかった。
それに、妻の浮気は、妻だけが悪いと思っていたが、そうではなかったらしい。
“お前に、謝られるとは...。
私の息子は、こんな男だったんだな。
元妻のことも、そうか...。そうだったかもしれん。
妻として、母として...あいつを、認めてあげたことは無かった気がする...。
愛してはいたんだが、伝わらなかったんだろうなぁ。”
「俺も、ついこないだ、そう思えるようになった。
依さんに出会って、諭されたよ。
母さんは、寂しかったんじゃないかって。
素敵な女性でしょう?人の気持ちに寄り添えて、温かい気持ちにさせてくれる、大事な人なんだ。」
鉄平は、とびきりの笑顔でにこりと笑った。
依さんに会いたい。
声が聞きたい。
本当の身体で、抱きしめたい。
はやる気持ちが溢れてくる。
”そうか...。良い女性に出会えてよかったな。
お前は、私のように失敗するんじゃないぞ。“
慈愛に満ちた顔で笑う。
「はは。そんな顔出来たんだ、父さん。
死んでから知ることが多いな...。
頑張るよ、依さんと幸せになる。」
”じゃあ、行け。早く依さんを、迎えに行くんだ。“
“じゃあね〜、鉄平ちゃん。依ちゃんをよろしくね〜。”
しっしと手を振って見送る父とブンブンと手を振って笑顔で見送る依の祖母。
鉄平は、弾けるような笑顔で笑う。
「ありがとう。行ってきます。」と、お礼を言うとドアをくぐって帰っていった。
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